『ミラボー橋の下をセーヌが流れ』㉘ サルトルマティソン「想い(Andenken)」

2021年09月21日

ゲーテ「恋人の傍ら(Nähe des Geliebten)」

窪田般彌『ミラボー橋の下をセーヌが流れ』で、フランスの近代詩をざっと眺めてきましたが、きょうは、お隣のドイツの詩を一篇。ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)の「Nähe des Geliebten」という詩を訳してみました。  

  恋人の傍ら
 
私はあなたを想います。ほのかな陽のひかりが
海原を照らすとき
私はあなたを想います。かすかな月のひかりが
泉に影をおとすとき
Ich denke dein, wenn mir der Sonne Schimmer
Vom Meere strahlt;
Ich denke dein, wenn sich des Mondes Flimmer
In Quellen malt. 

私はあなたを見ます。遠き路上に
砂ぼこりの舞い上がるとき
夜更けの狭い岨道で
旅人が震え慄くとき
Ich sehe dich, wenn auf dem fernen Wege      
Der Staub sich hebt;                
In tiefer Nacht, wenn auf dem schmalen Stege   
Der Wandrer bebt. 

私はあなたの声を聞きます。鈍いザワめきとともに
波浪たかまるとき
静かな林園のなかしげく耳かたむけて 
すべてが黙するとき
Ich höre dich, wenn dort mit dumpfem Rauschen  
Die Welle steigt.                 
Im stillen Haine geh ich oft zu lauschen,     Wenn alles schweigt. 

私はあなたの傍にいます。どんなに離れていようとも
あなたはそこにいます
陽は沈みやがて星が瞬くでしょう
ああ、あなたがここにいてくれたなら
Ich bin bei dir, du seist auch noch so ferne.   
Du bist mir nah!                 
Die Sonne sinkt, bald leuchten mir die Sterne. 
O wärst du da!                  

Frederikke_Brun_1818

原詩の奇数行は、5脚のJambus(女性韻終止)、偶数行は、2脚のJambus(男性韻終止)。abab cdcd efef ghghの交差韻になっています。

「Nähe des Geliebten」(1795年)は、女性詩人ブルン(Friederike Brun、1765-1835)の「Ich denke dein(あなたを想う)」(1792年)に刺激されて作られました。ゲーテは、1795年4月上旬、フーフェラント家(Familie Hufeland)の「集い」で、ツェルター作曲の「Ich denke dein(あなたを想う)」を聞いています。

ゲーテが1796年6月13日にウンガー夫人(Friederie Helene Unger)に送った手紙には「最も親愛なるご婦人、手紙と歌曲をお送りいただき、大変喜んでおります。私も、とある集いでツェルター氏の素晴らしい作曲を聴いたことがあります。その集いで「彼の作品を初めて知りました。「あなたを思う」というメロディーは私を信じがたいほどに魅了し、自分で詩を書かずには居られませんでした。その詩は、シラーの文芸年鑑に載っています。」(横山淳子による)とあったそうです。

この作品は、11音節と5音節の詩行が繰り返されるブルンの詩の形式をそっくり取り入れています。交差韻を踏む点もブルンと共通しているし、第1、2節の第2、4行では韻の音も同じです。また、頭韻の多様さなどもブルンの詩法を踏襲しています。

フリーデリケ・ブルン(Friederike Brun、1765-1835)=写真=は、デンマークの作家、サロニスト。父は作家・神学者で、生まれて間もなくデンマークに移ります。1783年、17歳で、彼女は裕福な商人と結婚。夫の十分な経済的手段に支えられて、1788年から文学サロンを開き、また、1789年から1810年にかけて、ルイザ王女の旅行に同行し、ゲーテ、シラー、シュレーゲル、ヴィルヘルム・グリムら文化人たちと出会いました。

詩「恋人の傍ら」のゲーテも、「Ich denke dein」.という詩句を受け継ぎ、女性が男性を思う気持ちを描いています。自然現象を恋人に結び付ける表現方法もブルンと共通っしますが、描きかたや感情表現のしかたはかなり違っています。

ゲーテの詩は全4節で、各節の冒頭は①あなたを想う②あなたが見える③あなたが聞こえる④あなたが傍にいる、と変化します。詩節ごとに見ると次のような特徴をあげることができます。

[第1節] 「あなたを想う」のが、太陽の光が海からこちらを照らすときと、月の明かりが泉に影を映すときの昼夜二つの世界で描かれている。

[第2節] 遠くが見える昼間を前半で、後半で夜更けを描く。

[第3節] 前半が海で、鋭い音を立てて波が打ちあがるときを、後半は林で、すべてが静まるときを、やはりシンメトリーな世界を描いている。第10行までは、2行ごとの句またがりになっていて、2行ごとが独立したまとまりをつくることで、情景と恋人への想いが鮮明に示されている。

[第4節] 前半2行で、遠くにいてもあなたの傍にるというパラドキシカルな確信にひとまずたどり着くが、後半2行では、あなたがここにいてくれたなら!と恋人がいない現実にもどり、深い孤独感へと導かれる。第2行「Du bist mir nah!」と第4行「O wärst du da!」の対峙が効果的。

全体に、昼と夜、海と林など、時間や自然の対称性と遠くにいても近くに感じるパラドクスが、この詩を味わい深いものにしているように思われます。


harutoshura at 03:00│Comments(0)ゲーテ 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
『ミラボー橋の下をセーヌが流れ』㉘ サルトルマティソン「想い(Andenken)」