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2021年09月19日

『ミラボー橋の下をセーヌが流れ』㉗ シャール

  笊屋の恋人

ぼくはお前を愛した。ぼくは愛した、嵐のつくった落窪の、泉のようなお前の顔を。ぼくの接吻を温めておいてくれるお前の領有地の数字を。ある人々は、ふくらみきった空想にふけきる。が、ぼくは行くだけで十分だ。恋人よ、ぼくは絶望から、ちっぽけな笊を持ち帰ったのだ、柳で編めるほどのものを。

(『詩と散文』)

ル

きょうは、ルネ・シャール(René Char、1907-1988)の「笊屋の恋人(LA COMPAGNE DU VANNIER)」という散文詩です。詩集『ひとりとどまる(Seuls demeurent)』(1945)に収録されています。ピエール・ゲールは、「笊屋の恋人」の入った詩集『ひとりとどまる』の各ページに聞かれる声は「直接の歌ではなく、予言であり、重厚さであり、苦悩である」といっています。原詩は次の通りです。

  LA COMPAGNE DU VANNIER

Je t’aimais.J’aimais ton visage de source raviné par l’orage et le chiffre de ton domaine enserrant mon baiser. Certains se confient à une imagination toute ronde. Aller me suffit. J’ai rapporté du désespoir un panier si petit, mon amour, qu’on a pu le tresser en osier.

シャールは、南仏リール・シュル・ソルグの生まれ。シュールレアリストとして出発し、1929年にはニームの出版社から『兵器廠(Arsenal)』を刊行。ブルトン、エリュアールとの共著『仕事を遅らせる(Ralentir travaux)』(1930)を発表しました。

ロートレアモンとランボーを愛し、ギリシアの哲人ヘラクレイトスの思想に影響されました。第2次世界大戦では、対独抵抗運動の隊長として活躍し、そのときの体験は散文詩集『眠りの神の書(Feuillets d'Hypnos)』(1946)のポエジーとなり、親友カミュに捧げられています。

『眠りの神の書』は、「笊屋の恋人」の入った『ひとりとどまる』などとともに、詩集『激情と神秘(Fureur et mystère)』(1948)としてまとめられました。カミュ―は『激情と神秘』について、『イリュミナシオン』『アルコール』以後のフランス詩のなかで「最も驚嘆すべきもの」と讃えました。

シャールの詩について窪田は次のように指摘しています。
ルネ・シャールの詩は一般に簡潔で、しばしば一切の虚飾を捨てさった箴言の美しさを持っている。たとえば「人生は爆発にはじまり、和議をもって終るのだろうか? それは不条理だ」とか、「果実は盲目だ。眼が見えるのは樹木だ」といった具合に。

批評家のガエタン・ピコンも、シャールの詩句は「演説口調に対立し、雄弁に対立する詩として、文章よりは語に近い。語よりは行為に近いその詩は、持続的な言葉の織物にささえられてもいないし、詩以外の言葉に取りかこまれてもいない。彼の詩を取りかこんでいるのは沈黙なのだ」と語っている。

「語よりは行為に近い詩」とは巧みな言い方でであるが、愛とモラルにささえられたシャールの詩はまさに行為である。ランボーやカミュとともに「あり得べき幸せを、証もなしに信じている数少ない者たち」の一人であるシャールの詩には、激しい生命感と人間信頼を母胎とするモラリストの思想がある。
戦後、シャールは故郷に戻り、自然のなかに暮らして、生命感と人間信頼にあふれる独自な宇宙的世界を創造していきました。


harutoshura at 03:00│Comments(0)窪田 般彌 

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