2019年11月

2019年11月30日

バイロン「マンフレッド」㉗

きょうから「マンフレッド」第三幕第三場です。マンフレッドの家来たちが話しています。

山々のそびえ立つところ――すこし距(へだた)ったところにマンフレッドの居城がある。――塔の前方にテラス――時、黄昏。
ハーマン、マニュエル、その他のマンフレッドの家来たち。

ハーマン 不思議でなりません。夜ごと夜ごと、この何年ものあいだ、
殿は介添もなく、長いあいだ
この塔にこもっておられます。手前も中に入ったことがあります。――
われわれはみんな一度ならず入っているのですが、この塔や
その中身から、何を殿が研究なさっているのか、
しかと判断をくだすことができません。さよう、じつのところ、
誰も入らない部屋がひとつあります。その秘密が覗けるものなら、
手前この三年間の知行を
お礼に出してもいいのですがね。

マニュエル  それは危ない。
今までに分っていることで満足することだな。

ハーマン なら、マニュエル! あなたは御年輩で分別もおありだし、
なにかと御存じのはず。城内にはもう長いこと――
さて何年になりますかな?

マニュエル  マンフレッド伯の御誕生前、
御先代にお仕えしたが、殿は父御様(ててごさま)とは少しも似ておいでにならぬ。

ハーマン そういう息子は世間にもございますな。
でどういう節(ふし)がお違いなので?

マニュエル  眼鼻だちや
身体かっこうではなく、お心ざま、御習慣の点なのだ。
ジギスマンド伯は高慢なお方ではあったが、快活で砕けたお方でな、――
戦いでも強者ならば酒盛りでも負(ひ)けをとらぬ、読書や
孤(ひと)り居(い)は大のお嫌い、夜もひとりでお過ごしのことなどなく、
昼よりにぎやかな酒宴でおくらしなさった。
狼のように岩間や森を
彷(さまよ)ったりはなされなかったし、人々や
人々の歓楽から面(おもて)をそむけるようなことはなさらなかった。

ハーマン  ええ、今の腹のたつこと!
それにひきかえ当時は愉しかったでございましょうな。そういう時が
この古いお城にまた訪れてくれたら。このお城も
当時をとんと忘れてしまった態(てい)ですな。

マニュエル  それには
お城の持主が変らなければ。な、ハーマン、
じつは城内で不思議なものを見てなあ。

ハーマン  隠しだては御無用です。
見張りのつれづれしのぎにも少しお話しください。
このあたり、ちょうどこの塔の近くで
妙なことがあったと、いつかあなたはわけありげに申しておられましたな。

シヨン城

アルプス越えの戦略的な拠点として、山や丘の上に建てられた石造りの城塞、王族や貴族が別荘として湖畔に建てられた城など、スイスには80ほどの古城があるそうです。

たとえば、スイス連邦ヴォー州のモントルー近郊のレマン湖畔にあるシヨン城(Château de Chillon)=写真、wiki=は、バイロンの詩「シヨンの囚人」、「シヨン城詩」の舞台としてよく知られています。

スイス南部のティチーノ州の州都ベリンツォーナは、古来、イタリアからのアルプス越えの要衝で、軍事上重要な地として発展しました。紀元前1世紀のローマ軍の駐屯に始まり、幾多の支配勢力が城砦を築いて守りを固めました。

13世紀から15世紀にかけて建造された旧市街にある三つの城、カステルグランデ、モンテベッロ城、サッソコルバロ城は、2000年に「ベリンツォーナ旧市街にある三つの城、要塞及び城壁」として世界遺産に登録されました。

原詩は、次の通りです。

SCENE Ⅲ

The Mountains.-- The Castle of MANFRED at some distance.-- A Terrace before a Tower.-- Time, Twilight.
HERMAN, MANUEL, and other Dependants of MANFRED.

HERMAN. 'T is strange enough; night after night, for years,
He hath pursued long vigils in this tower, 
Without a witness. I have been within it,-- 
So have we all been oft-times; but from it 
Or its contents, it were impossible 
To draw conclusions absolute of aught 
His studies tend to. To be sure, there is 
One chamber where none enter: I would give 
The fee of what I have to come these three years       210
To pore upon its mysteries. 

MANUEL.                 'T were dangerous; 
Content thyself with what thou know'st already.

HERMAN. Ah! Manuel! thou art elderly and wise, 
And could'st say much; thou hast dwelt within the castle-- 
How many years is't? 

MANUEL.        Ere Count Manfred's birth, 
I served his father, whom he nought resembles.

HERMAN. There be more sons in like predicament.
But wherein do they differ?

MANUEL.                       I speak not
Of features or of form, but mind and habits;
Count Sigismund was proud, but gay and free--            220
A warrior and a reveller; he dwelt not
With books and solitude, nor made the night
A gloomy vigil, but a festal time,
Merrier than day; he did not walk the rocks
And forests like a wolf, nor turn aside
From men and their delights.

HERMAN.                 Beshrew the hour,
But those were jocund times! I would that such
Would visit the old walls again; they look
As if they had forgotten them.

MANUEL.                        These walls 
Must change their chieftain first. Oh! I have seen      230
Some strange things in them, Herman.

HERMAN.                  Come, be friendly; 
Relate me some to while away our watch: 
I've heard thee darkly speak of an event 
Which happen'd hereabouts, by this same tower.


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2019年11月29日

バイロン「マンフレッド」㉖

きょうは「マンフレッド」第三幕第二場です。

他の部屋。
マンフレッドとハーマン。

ハーマン 殿、日没時に来いとの御命令でございました。が、
いま太陽は山蔭に沈むところでございます。

マンフレッド  そうか?
見てこよう。〔マンフレッド広間の窓辺に寄る。
  燦爛たる天球よ! 草創期の
自然の、いまだ蝕(むし)ばまれていなかった
たくましい種族の偶像よ、
かつて人の女(むすめ)が、天使にまさる美しさによって、
天使らを地上にひきよせ天に再び帰れなくさせた
あの抱擁から生れた巨人族の偶像だったものよ。
いとも燦爛たる天球よ! おまえはその創造の神秘が
明らかにされるまでは礼拝の的であった。
全能の神の最初の使者として、
山上で、カルデアの牧人たちの
心を喜びでみたし、ひたすら祈祷に
心傾けさせたもの! おまえ、形ある神!
未知の世界がその影として選んだ
代表者! おまえ、星の首領!
もろもろの星の中心! この地上を
忍び得るものとし、おまえの光のうちに
歩む諸人の色と心を和らげるもの!
四季の親! もろもろの国土と、
そこに住む者たちの君主! 近いものも遠いものも、
われらの生得の精神は外貌と同じように
おまえの色あいを分ち持っている。――おまえは昇り、
輝き、光輝のうちに没する。さらばだ。
ふたたびおまえを見ることはあるまい。おれの愛と驚異の
最初の眼眸(まなざし)はおまえに向けられたのだ、それゆえに
この最後の凝視も受けとってくれ。
生の賜物も温かさも
ただ無惨なものとしてより受けとらなかったこのおれのうえに
おまえはもはや光を注いではくれまい。ああもう見えぬ。
おれもあとを追うぞ。 

  〔マンフレッド退場。

巨人

「巨人族」については、原注に、

「神の子等人の女子の美しきを見て其好む所の者を取て妻となせり」云々――「当時地に巨人ありき亦其後神の子輩人の女の所に入りて子女を生しめたりしが其等も勇士にして古昔の名声ある人なりき」――創世記第六章二節および四節。

とあります。

つまり、創世記によれば、地上に人が増えはじめて娘たちが生まれると、神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。

こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのが、一般的に「巨人」とされるネフィリムでした。この名は「(天から)落ちてきた者たち」という意味で、大昔の名高い英雄だったとされています。

SCENE Ⅱ

Another Chamber.

MANFRED and HERMAN.

HERMAN. My Lord, you bade me wait on you at sunset: 
He sinks beyond the mountain.

MANFRED.                     Doth he so? 
I will look on him.

     [MANFRED advances to the Window of the Hall.

                   Glorious Orb! the idol
Of early nature, and the vigorous race
Of undiseased mankind the giant sons
Of the embrace of angels, with a sex
More beautiful than they, which did draw down
The erring spirits who can ne'er return;
Most glorious orb! that wert a worship, ere            180
The mystery of thy making was reveal'd!
Thou earliest minister of the Almighty,
Which gladden'd, on their mountain tops, the hearts
Of the Chaldean shepherds, till they pour'd
Themselves in orisons! Thou material God!
And representative of the Unknown,
Who chose thee for his shadow! Thou chief star!
Centre of many stars! which mak'st our earth
Endurable, and temperest the hues
And hearts of all who walk within thy rays!             190
Sire of the seasons! Monarch of the climes
And those who dwell in them! for near or far
Our inborn spirits have a tint of thee,
Even as our outward aspects;-- thou dost rise,
And shine, and set in glory. Fare thee well!
I ne'er shall see thee more. As my first glance
Of love and wonder was for thee, then take
My latest look: thou wilt not beam on one
To whom the gifts of life and warmth have been
Of a more fatal nature. He is gone;                     200
I follow.                            [Exit MANFRED.


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2019年11月28日

バイロン「マンフレッド」㉕

「マンフレッド」第三幕第一場のつづき。きょうは、その最後の場面です。

僧院長  おいたわしい!
あなたさまは所詮わたくしの力、わたくしの職掌によっては
お救いできぬような気がしてまいりました。でもこんなにお若いのですから、
わたくしはまだ――

マンフレッド  御覧なさい、わたくしを。この地上には、
年若くして老い、戦士のような
非道の死でなくても、中年前に死ぬような
たぐいの人間がおります。
あるものは歓楽に死に、あるものは学問に、
あるものは労苦に身がすりへり、あるものはただ倦怠のために死にます、
病いに逝くものもあれば、狂気で死ぬものもある、
胸の衰え、胸の破れで死ぬものもございます。
この最後のものこそ、あらゆる形をとり、
あらゆる名によって、運命の神の名簿に記された
人々の数以上の人間を殺す疾病なのです。
ごらんなさいませ、わたくしを! こうしたことの全部
わたくしは味わいました、こうしたことの
ひとつでさえ十分なのに。してみればわたくしが御覧のような
人間でも不思議でございますまい、むしろわたくしがかつて生きていたこと、
そしてそのような目にあっても今なお地上に生きていることこそ不思議でございましょう。

僧院長 でございますが、もう少しお聞きくださって――

マンフレッド 御老体! わたくしは
僧職を尊び、御老齢を崇めております。
すべて神を敬う御心からとも存じております、が無益(むやく)なことでございます。
無作法なと思(おぼ)し召さぬようお願いいたします。これ以上
お話は御免こうむっても、それはわたくしのためというより、
あなたさまに御苦労をおかけしたくないため、――では――御機嫌よろしゅう。

  〔マンフレッド退場。

僧院長 りっぱな人物になられたはずのお方だ。
もろもろの輝かしい素質を具えておられて、それが程よく調えられたなら、
見事な人間になり得る力を十分に持っておられるのに。
それがそうでなくて、恐ろしい混沌となっている――光と闇、
精神と塵埃、情欲と純粋な思想、
これらが入りまじって、目的も秩序もなく争っている、――
すべてが無力になるか破壊的になるかだ。あの方はやがて滅びる、
が滅びさせてはならぬ。もう一度力を尽してみよう。
救ってあげる値うちのある方だ。そして
すべてのものを正しい方向に向わせることはわたしの義務だ。
あとを追ってゆこう――見失わぬように、が気をくばって。

  〔僧院長退場。

砂漠の人

きのう読んだ場面に「わたくしは群れに/交わることをさげすみました、たとえ首領になるにしても――狼の群れのであろうと。/獅子はひとりぼっちです。わたくしもそうなのです。」とありましたが、マンフレッドは、砂漠に吹きまくる孤独な風のような生活を送ってきたのです。

なにも好んで荒廃をつくろうとしたのではなく、ただ行手にいつも荒廃を見出してきたのです。この非人間的な生活、不毛な知的生活が続けられてきていることこそ不思議といわなくてはなりません。

他のひとであったなら、それだけで命を落してしまうような歓楽も学問も労苦も、それから倦怠さえも、彼は「こうしたことの全部/わたくしは味わいました」。そして生きつづけてきたのです。

このようなマンフレッドに対しては、僧院長のいかなる慰めも、無益なのは当然でしょう。この場面の原詩は、つぎの通りです。

ABBOT.                             Alas!
I 'gin to fear that thou art past all aid
From me and from my calling; yet so young,
I still would--

MANFRED. Look on me! there is an order
Of mortals on the earth, who do become
Old in their youth, and die ere middle age,              140
Without the violence of warlike death;
Some perishing of pleasure, some of study,
Some worn with toil, some of mere weariness,
Some of disease, and some insanity,
And some of wither'd or of broken hearts;
For this last is a malady which slays
More than are number'd in the lists of Fate,
Taking all shapes, and bearing many names.
Look upon me! for even of all these things
Have I partaken; and of all these things,               150
One were enough; then wonder not that I
Am what I am, but that I ever was,
Or, having been, that I am still on earth.

ABBOT. Yet, hear me still--

MANFRED.           Old man! I do respect
Thine order, and revere thine years; I deem
Thy purpose pious, but it is in vain.
Think me not churlish; I would spare thyself,
Far more than me, in shunning at this time
All further colloquy; and so-- farewell.   

  [Exit MANFRED.

ABBOT. This should have been a noble creature: he       160
Hath all the energy which would have made
A goodly frame of glorious elements,
Had they been wisely mingled; as it is,
It is an awful chaos-- light and darkness,
And mind and dust-- and passions and pure thoughts,
Mix'd, and contending without end or order,
All dormant or destructive. He will perish,
And yet he must not; I will try once more,
For such are worth redemption; and my duty
Is to dare all things for a righteous end.                170
I'll follow him-- but cautiously, though surely.   

  [Exit ABBOT.


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2019年11月27日

バイロン「マンフレッド」㉔

きょうも「マンフレッド」第三幕第一場のつづきです。

マンフレッド 昔ローマの第六代の皇帝が、われとわが身に加えた
傷のために、死期に近づいたとき、
かつては彼の奴隷だった元老院議員たちに
死に様を見られる苦痛から主君を救おうと、
一人の軍人が気の毒さのあまり、自分の軍服で
血を噴く咽喉を抑えようといたしました。
と、瀕死のこのローマ人は相手を押しやって、こう言ったと申します――
命終ろうとする眼眸(まなざし)にまだいくらか帝王の威厳を見せながら――
「もう間にあわぬ――これが忠義なのか?」と。

僧院長 で、それがどうしたので?

マンフレッド  わたくしもそのローマ人と同じように申しましょう――
「もう間にあわぬ!」と。

僧院長  殿御自身の魂と和解なさり、
また御魂と天を和解させるのに
間にあわぬということはありませぬ。御希望をお持ちになりませぬか。
不思議なこと――天国の望みの失せた者でも、
みずから地上に何か幻想を描いて、
溺れる者のように、その脆い小枝にすがりつくものでございますのに。

マンフレッド さよう、――神父さま! わたくしも若いころには
そうした地上の幻想や、高尚な願望を持っておりました。
たとえば、他人の心をわが心とし、
国民の啓発者となり、どこへか知らぬままにも
向上してゆきたいなどという――いや墜落かもしれませぬ。
だが墜落にしても、山間の瀑布が、
眩(めくる)めく高処(たかみ)から身を躍らせて、
泡だつ深淵の激動のさなかに
(その淵からは霧の丸柱が何本も巻きあがりそれがまた空に昇って雨雲となります)
その淵の底深くに力強く横たわる、そのようなことを――だがそれも過ぎ去ったこと、
わたくしの思いちがいでした。

僧院長  と申しますのは?

マンフレッド 自分の性質を制することができなかったからでございます。およそ人を支配せんと欲するものは人に仕えねばなりませぬ。卑しい奴輩の
あいだにあって力ある者たらんと欲すれば、
おもねり、哀願し、二六時ちゅう眼をくばり、
あらゆる場所に探りを入れ、虚偽の権化とならねばなりませぬ。大衆とは
そういうものなのです。わたくしは群れに
交わることをさげすみました、たとえ首領になるにしても――狼の群れのであろうと。
獅子はひとりぼっちです。わたくしもそうなのです。

僧院長 で何故に他の人々とともに行動されないのでございます?

マンフレッド わたくしの性質が人生を嫌ったからです。
といっても残酷というわけではない。好んで荒廃をつくろうとしたのではなく、
ただ見出すのです。風のように、――
砂漠にのみ住んで、吹き枯らす
草木すら生いたたぬ不毛の砂地を吹きまくり、
荒れはて乾ききった砂の海原を縦横に駆けめぐり、
求めもせず、したがって求められもせず、
だが出会えば命がないという、あのまったく孤独な
シムーム風の赤熱の息吹――わたくしの
過ぎ来しかたはまさしくそうでした、ところが
わたくしの行手にはもはや存在せぬものが現れたのでございます。

シムーン

シムーン(Simoom)は、サハラ砂漠、パレスチナ、ヨルダン、シリア、ほかアラブの中近東地域の砂漠で発生する、熱風を伴う砂嵐現象のことをいいます。

砂漠に吹く、強くて乾燥した、塵いっぱいの砂嵐です。温度が54℃を超えたり、湿度が10%を切ることもあります。竜巻のようにたくさんの塵と砂を巻き上げながら移動していきます。

シムーンとは「毒の風」を意味します。うつぶせにならないと窒息してしまう可能性が高く、熱風が汗を乾燥させてしまうほどの高温をもたらすため熱射病を起こすこともあります。

この地域の人たちが、ターバンや外套を着て、日中はテントに留まるのは、シムーンが突然発生することが多いという風土も関係しているようです。

古代ギリシアの歴史家・ヘロドトスは、シムーンのことを「サハラ砂漠をこえて吹く赤い風」と書いているそうです。また、当時の水夫たちはこれを「血の海」とも呼んでいたとか。 

きょうの部分の原詩は、次のとおりです。

MANFRED. When Rome's sixth Emperor was near his last, 
The victim of a self-inflicted wound, 
To shun the torments of a public death                   90
From senates once his slaves, a certain soldier, 
With show of loyal pity, would have staunch'd 
The gushing throat with his officious robe; 
The dying Roman thrust him back and said-- 
Some empire still in his expiring glance-- 
'It is too late-- is this fidelity?'

ABBOT. And what of this?

MANFRED.          I answer with the Roman-- 
'It is too late!'

ABBOT.             It never can be so, 
To reconcile thyself with thy own soul, 
And thy own soul with heaven. Hast thou no hope?         100
'Tis strange-- even those who do despair above, 
Yet shape themselves some phantasy on earth, 
To which frail twig they cling, like drowning men.

MANFRED.  Ay-- father! I have had those earthly visions 
And noble aspirations in my youth, 
To make my own the mind of other men, 
The enlightener of nations; and to rise 
I knew not whither-- it might be to fall; 
But fall, even as the mountain--cataract, 
Which having leapt from its more dazzling height,       110
Even in the foaming strength of its abyss
(Which casts up misty columns that become 
Clouds raining from the re-ascended skies) 
Lies low but mighty still.-- But this is past, 
My thoughts mistook themselves.

ABBOT.                And wherefore so?

MANFRED. I could not tame my nature down; for he 
Must serve who fain would sway-- and soothe, and sue, 
And watch all time, and pry into all place,
And be a living lie, who would become 
A mighty thing amongst the mean, and such                120
The mass are; I disdain'd to mingle with 
A herd, though to be leader-- and of wolves. 
The lion is alone, and so am I.

ABBOT. And why not live and act with other men?

MANFRED. Because my nature was averse from life;
And yet not cruel; for I would not make,
But find a desolation.  Like the wind,
The red--hot breath of the most lone Simoom, 
Which dwells but in the desert, and sweeps o'er
The barren sands which bear no shrubs to blast           130
And revels o'er their wild and arid waves,
And seeketh not, so that it is not sought,
But being met is deadly,-- such hath been
The course of my existence; but there came
Things in my path which are no more.


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2019年11月26日

バイロン「マンフレッド」㉓

「マンフレッド」第三幕第一場のつづきです。

僧院長 わが子よ! わたくしの申したのは罰ではなくて、
悔い改めと宥しでございます。――いずれを
お選びになるのも殿次第――ただ神のお宥しにつきましては、
われらの教会と強い信仰とによって、
罪から、より高い希望とより良き思想にいたる道を
容易にする力がわたくしに与えられているのでございます。罰は
これを天におまかせいたします、――「復讐はただ我にあり!」
かように主は仰せられました、ただただ謙虚な心をもって
主の僕(しもべ)たるわたくしはこの畏(おそ)るべき御言葉を木魂(こだま)しかえすのみでございます。

マンフレッド 御老体! 尊い聖の方々も無力なのでございます。
また祈祷の呪力、罪を浄める懺悔の
法式、また悔い改めの衣装、断食、
苦闘、――いや、かようなものよりはるかに大きい、
底知れぬ絶望のうちにひそむ苛責、――
地獄の責苦こそなくても、
天国をもみずらから適(ふさ)わしい地獄にかえてしまう
悔恨の情、――あの苛責をもってしても、
埒を知らぬ精神が、みずからの罪におののき、非行に慄え、
悪への屈従をなげき、われとわが身に復讐(あだ)をしているという、あの身を切られるような意識を
祓(はら)いのけることはできませぬ。未来のどんな苦痛にしても
みずからの咎める者がわれとわが魂に課する
罪ほど正しい罰を加えることはできませぬ。

僧院長  それもたしかに結構でございます。
と申しますのは、それも過ぎてゆき、やがて
めでたい希望が生れ、安心立命の境地で
かの祝福の天国を仰ぎ見るようになるからでございます、
なぜなら地上での罪がどんなものでありましょうと、償いさえいたしますれば、
天国はこれを求めるものの得るところとなるのですから。
そして罪の償いのはじめは
その必要を感ずることでございます。どうぞ先を続けてお話しくださいませ――
われらの教会がお教えできることなら何なりとお教えいたします。
またわれらの解くことのできる罪なら赦免もできましょうから。

天国

何ものもあいだに交えず、天や神と直面しようとするマンフレッドには、「復讐はただ我にあり!」という主の言葉でさえ、恐れることはありません。

なぜなら、彼の現在の苦しみこそ地獄の責具にまさるものであり、罪の意識そのものが至上の罪なのです。彼は、現在このままで十分に罰せられているのです。

自我がすべての外来の権威を払いのけてしまったとき、自我を罰するものはただ自我だけでなるのでしょう。「我」の自律性はここに完成されるわけですが、このようにして行動の規範をまったく失ってしまった人間の動くところは「埒を知らない」ということになります。

そのなすところは、罪であり、非行であり、罪への屈従であり、感じやすい心の動きは、一々の行いに戦きふるえるのですが、どうしようもないのです。

もしも、この感じやすく戦きふるえる心を掘り下げて沈潜していったならば、人は「自我」の奥底に他者との連帯性を見出すかもしれず、そのようにして自我の孤立性と無軌道性を解消することができ、「やがて/めでたい希望が生れ、安心立命の境地」に入ることができるのかもしれませんが。

 原詩は次の通りです。

ABBOT. My son! I did not speak of punishment,
But penitence and pardon; with thyself
The choice of such remains-- and for the last,
Our institutions and our strong belief                 60
Have given me power to smooth the path from sin
To higher hope and better thoughts, the first
I leave to heaven-- 'Vengeance is mine alone!'
So saith the Lord, and with all humbleness
His servant echoes back the awful word.

MANFRED. Old man! there is no power in holy men,
Nor charm in prayer, nor purifying form 
Of penitence, nor outward look, nor fast, 
Nor agony, nor, greater than all these, 
The innate tortures of that deep despair               70
Which is remorse without the fear of hell 
But all in all sufficient to itself 
Would make a hell of heaven,-- can exorcise 
From out the unbounded spirit, the quick sense 
Of its own sins, wrongs, sufferance, and revenge 
Upon itself; there is no future pang 
Can deal that justice on the self-condemn'd 
He deals on his own soul.

ABBOT.                 All this is well; 
For this will pass away, and be succeeded 
By an auspicious hope, which shall look up               80
With calm assurance to that blessed place 
Which all who seek may win, whatever be
Their earthly errors, so they be atoned: 
And the commencement of atonement is 
The sense of its necessity.-- Say on-- 
And all our church can teach thee shall be taught; 
And all we can absolve thee, shall be pardon'd.


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2019年11月25日

バイロン「マンフレッド」㉒

「マンフレッド」第三幕第一場のつづきです。

僧院長 前おきなしに申しあげますが、こうでございます、――老齢と熱意、また職責と
善意とに免じて、出すぎた点はお宥しくださいませ。
お近附きになる機会こそなけれ御近所のよしみで、
だしぬけの点もお宥しねがえると存じます。じつは殿の御名に関し、
奇怪な、また不浄な噂がかまびすしく
流布いたしております。何世紀にわたります
高貴の御名。ただいまその御名を承けついでおられます殿が
願わくは損うことなくそれをお伝えなさいますよ。

マンフレッド おつづけください――拝聴いたしております。

僧院長 噂によりますと殿には、人間が探究することを
禁ぜられているものどもと交わりを結んでおられると申します。
また闇の住家に住んでいる者どもや、
死の蔭の谷を彷(さまよ)う邪悪な地獄の精霊どもと
交通されるとの噂でございます。わたくしも、殿が
同じ仲間である人間とほとんど胸の思いを
取り換されぬこと、殿の孤独が
よし神聖なものであろうと、世捨人のそれであると承知いたしております。

マンフレッド してそのようなことを言い張っているのは何もので?

僧院長 信仰ぶかい兄弟たち――脅えている百姓たち――
さては御家来衆までがそうで――殿を
不安な眼眸(まなざし)で眺めております。殿の御命は危殆に瀕しております。

マンフレッド では、その命を取ってください。

僧院長 わたしの参上いたしましたのは御命を救おうため、滅ぼそうためではございませぬ。
殿の秘めた魂にまで覗きこもうとは存じませぬ。
しかしながらかのようなことが真実でございましても、悔い改めて天の憐れみをねがうのに
まだ遅くはございませぬ。真の教会と
和解なさいませ、そして教会を通して天と和解なさいませ。

マンフレッド わかりました。で、こうお答えいたします。わたくしが
過去のおいて何であろうと、現在どうあろうと、
それは天とわたくしとの間のこと。わたくしは人間に
調停者になってもらおうとは思いませぬ。いったいこのわたくしが
教会の御律法を犯したでしょうか? 歴と証拠だてて罰してくださいませ。

Collage_Venezia

バイロンは、第二幕でこの劇を一時中断してイタリアに渡り、7カ月後の1817年4月、ヴェニスでふたたび筆を取ります。きのうから見ている第三幕一場は城内の広間です。

ここで、聖モーリスの僧院長とマンフレッドが対話をします。狩人という素朴で健康な人間の生活を拒否し、アルプスの魔女やペルシャの邪神の前に膝まづくことをいさぎよしとしなかった彼は、ここでキリスト教会の代表と対決するにいたります。

「真の教会と和解し、教会を通じて天と和解せよ」という僧院長のすすめに対して、マンフレッドは、

 わたくしが
 過去のおいて何であろうと、現在どうあろうと、
 それは天とわたくしとの間のこと。わたくしは人間に
 調停者になってもらおうとは思いませぬ。

と答えます。これは、キリスト教会の権威の否定にほかなりません。彼は、何ものもあいだに交えずに「天」と、すなわち神と直面しようとするのです。

原詩は下記の通りです。

ABBOT. Thus, without prelude:-- Age and zeal, my office, 
And good intent, must plead my privilege; 
Our near, though not acquainted neighbourhood, 
May also be my herald. Rumours strange, 
And of unholy nature, are abroad,                       30
And busy with thy name; a noble name 
For centuries: may he who bears it now 
Transmit it unimpair'd!

MANFRED.         Proceed,-- I listen.

ABBOT 'T is said thou holdest converse with the things
Which are forbidden to the search of man;
That with the dwellers of the dark abodes,
The many evil and unheavenly spirits
Which walk the valley of the shade of death,
Thou communest. I know that with mankind,
Thy fellows in creation, thou dost rarely               40
Exchange thy thoughts, and that thy solitude
Is as an anchorite's, were it but holy.

MANFRED. And what are they who do avouch these things?

ABBOT. My pious brethren, the scared peasantry,
Even thy own vassals, who do look on thee
With most unquiet eyes. Thy life's in peril.

MANFRED. Take it.

ABBOT.         I come to save, and not destroy.
I would not pry into thy secret soul;
But if these things be sooth, there still is time
For penitence and pity: reconcile thee                  50
With the true church, and through the church to heaven.

MANFRED. I hear thee. This is my reply, whate'er
I may have been, or am, doth rest between
Heaven and myself; I shall not choose a mortal
To be my mediator. Have I sinn'd
Against your ordinances? prove and punish!


harutoshura at 19:36|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月24日

バイロン「マンフレッド」㉑ 

「マンフレッド」のつづき。きょうから第三幕第一場です。小川和夫訳に戻します。

  第三幕

  第一場――マンフレッドの居城内の広間。

  マンフレッドとハーマン。

マンフレッド 何時(なんどき)かな?

ハーマン  日没まであと一時間でございます。
美しい黄昏になる模様で。

マンフレッド  それで、
塔のなかは命じたとおり
始末してあるか?

ハーマン  殿、万事用意してございます。
これが鍵と箱で。

マンフレッド よろしい。
返(さが)っていい。〔ハーマン退場。

マンフレッド (ひとり)おれの心には平穏がある――
なんとも言いようのない静けさだ! こういうことは今まで
この人生で、おれの知るかぎり絶えてなかった。
この世の空虚な事物のうちでも、
哲学というやつが、かつて人々の耳を愚弄した
煩瑣学者どもの囈言(たわごと)のほんのひとことさえも、
いちばん手のこんだ色合いのものと知らなかったら、黄金の秘密、すなわち
探し求めていた「理想善(カロン)」が発見されて、
自分の魂のうちに座を占めていると思うかもしれね。この気分は長くはつづくまい、
だがただ一度にせよ、これを味わったのはありがたい。
それは新しい感じでおれの思想を拡大してくれた、
こういう気持も存在するということを
手帳に書きとめておこう。誰だ?

  ハーマン再び登場。

ハーマン 殿、聖モーリスの僧院長が
お目通りを願っております。

  聖モーリス僧院長登場。

僧院長 マンフレッド伯に平安のございますよう!

マンフレッド かたじけのうぞんじます、神父様! よくぞおいでくださいました。
御来臨は当城の名誉、また城中の者への祝福でございます。
  
僧院長  そうあれば願ってもないことで、伯爵!――
じつは内密に御相談いたしたい儀がございまして。

マンフレッド ハーマン、退(さが)るがよい――して御客人の御話とは?

プラトン

きょうの場面に「黄金の秘密、すなわち/探し求めていた「理想善(カロン)」」という言葉が出てきます。

「理想善(カロン)」とは、原詩では「kalon」。「kalon」というと、古典ギリシア語における「美」、たとえばプラトンが論じているという概念につながります。

一方「理想善」の「理想」というのは、プラトンの哲学思想「イデア」を明治時代に訳した言葉です。プラトンは現実世界を、理想(イデア)的、すなわち真善美を示す世界の投影と考え、真善美を求める活動が物事の本質であると考えていました。

原詩は、次の通りです。

ACT III

SCENE I

A Hall in the Castle of Manfred.

          MANFRED and HERMAN.

MANFRED. What is the hour?

HERMAN.         It wants but one till sunset, 
And promises a lovely twilight.

MANFRED.                  Say, 
Are all things so disposed of in the tower 
As I directed?

HERMAN.    All, my lord, are ready; 
Here is the key and casket.

MANFRED.                It is well: 
Thou mayst retire.                     [Exit HERMAN.

MANFRED (alone).       There is a calm upon me--
Inexplicable stillness! which till now 
Did not belong to what I knew of life. 
If that I did not know philosophy 
To be of all our vanities the motliest,                10
The merest word that ever fool'd the ear 
From out the schoolman's jargon, I should deem 
The golden secret, the sought 'Kalon,' found, 
And seated in my soul. It will not last, 
But it is well to have known it, though but once: 
It hath enlarged my thoughts with a new sense, 
And I within my tablets would note down 
That there is such a feeling.  Who is there?

           Re-enter HERMAN.

HERMAN. My lord, the abbot of St. Maurice craves 
To greet your presence.

            Enter the ABBOT OF ST. MAURICE.

ABBOT.          Peace be with Count Manfred!            20

MANFRED. Thanks, holy father! welcome to these walls; 
Thy presence honours them, and blesseth those 
Who dwell within them.

ABBOT.           Would it were so, Count!-- 
But I would fain confer with thee alone.

MANFRED.  Herman, retire.-- What would my reverend guest?


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2019年11月23日

バイロン「マンフレッド」⑳

「マンフレッド」、きょうは第二幕第四場の最後の場面です。

天刑女神  まだ語らぬ!
この女はわれらの類ではなく、その属するところは
異なる霊力の世界である。生命(いのち)はかない人間よ!
おまえの探求はむだであり、われらもまたその途を知らぬ。

マンフレッド 聞け、聞け――
アスターティよ! わが愛するものよ! 私に語れ
私はあまりにも多くを耐え忍んできた。――いまも耐え忍ぶ――
私を見つめよ! 私があなたのために変ったほどに
墓もあなたを変えることはできなかった。
あなたは私をあまりにも愛した――私があなたを愛しすぎたように。
われらはこのように、たがいを苦しめるために造られたのではなかった――
われらが愛し合ったように愛することが最悪の罪業であっろうとも。
告げよ――私を憎悪しないと――ふたりのための刑罰は
この私が受けるのあと、――あなたは天井にあって
祝福されるものとなり――私にも死が与えられるであろうと。
私はいうが、これまで私に対しては、あらゆる憎むべきものが
結果して私を生存に縛りつけている――この声明にあって私は
未来をも過去と同じものであると観じ――
「不死」を厭わしいものとして拒む。休息はここにない。
私は何を願っているか、何を求めているかを知らぬ。
ただあなたが何であり私が何であるかを感じる。
私が滅びる前に、ただ一度、あなたの声を耳にしたい
私にとって音楽であったあなたの声――私に語れ!
静寂の夜には、私はあなたに呼びかけ
ひそまった枝に眠る小鳥らをとびたたせ
山の狼らを目ざめさせ、あちこちの洞窟に
あなたの名を、かいなくも小魂(こだま)させつづけ
それは答えをかえしてきた――多くのものが答えた――
精霊たち、また人間たち――しかしあなたは常に沈黙していた。
いま、私に語れ! 私は星空を凝視してやまず
はかなくもあなたを求めて天空を眺めつくしてきた。
私に語れ!私は地上に遍歴をかさねたが
あなたに似たものを見ることはできなかった――語れ!
まわりの悪魔どもを見よ――彼らは私をあわれんでいる。
私は彼らを恐れず、ただあなただけを思い悲しむ。
私に語れ! 怒りに燃えてであろうと――ただひとことを
何であろうとも――ただ一度、あなたの声を――
このひととき――いまひとたび!

アスターティの幻 マンフレッド!
マンフレッド つづけて、つづけて――
ただこの響きの中にだけ私は生きるのだ――これはあなたの声だ!
 マンフレッド! あす、あなたの地上の苦患は終る。
さらば!
マンフレッド いま、ひとことを――私は赦されるか。
 さらば!
マンフレッド 語れ。われらはまた相逢うか。
 さらば!
マンフレッド 情けあらばひとことを! 愛すると。
 マンフレッド!

〔アスターティの霊、退場〕

天刑女神 彼女は去った。呼びかえし得ぬ。
彼女の言葉は果されるであろう。地上へ帰れ。

ある精霊 もだえ苦しんでいる。――死すべき人間の身として
不死の世界のものを求めれば、こうなるのだ。

他の精霊 しかも見よ。彼は自己を克服し得て
自己の苦痛を、意志をもって制御する。
われらの仲間があったとすれば、
畏るべき霊となったであろう。

天刑女神 もはや問うことはないか。
われらの大いなる主君について、またその主君を排するものらについて。

マンフレッド ない。

天刑女神 それならば、ゆけ、しばらく。

マンフレッド それではまた逢うのか。どこかで。地上でか。
おんみの心のままとする。与えられたこの恵みに対しては
私は負担を感じながら、去ってゆく。さらば!

マンフレッド退場。

〔幕が降りる〕

オーガスタ

マンフレッドの求めによって、アリマニーズは亡き恋人アスターティの亡霊を喚び出します。はじめは黙して語ろうとしない恋人に切々と呼びかけるマンフレッドのセリフは哀れをさそいます。

マンフレッドの悲痛な嘆願に対して、アスターティは「マンフレッド!あす、あなたの地上の苦患は終る」と言い残して消え失せてしまいます。

この一言によって、第一幕第一場の終わりの呪縛は解けて、マンフレッドは、不死から解放されることになります。

「聞け」と何度もくりかえさえるマンフレッドの悲痛な言葉の中には、異母姉のオーガスタ=写真、wiki=に対するバイロンの強い思慕の情があらわれていると考えられています。

オーガスタはこのころ、バイロンの手紙にははかばかしい返事をよこさず、数少ない手紙さえも、おざなりの冷静な調子のものでした。

これは妻のアナベラが、オーガスタの罪を責めて彼女を悔悟させ、バイロンにも埒を超えた手紙を書かないように誘導していったため、とする説もあるそうです。

 原詩は次の通りです。

NEMESIS.  Silent still! 
She is not of our order, but belongs 
To the other powers. Mortal! thy quest is vain, 
And we are baffled also.

MANFRED.    Hear me, hear me-- 
Astarte! my belovèd! speak to me; 
I have so much endured-- so much endure-- 
Look on me! the grave hath not changed thee more 
Than I am changed for thee. Thou lovèdst me       490
Too much, as I loved thee: we were not made 
To torture thus each other, though it were 
The deadliest sin to love as we have loved. 
Say that thou loath'st me not-- that I do bear 
This punishment for both--that thou wilt be
One of the blessèd-- and that I shall die; 
For hitherto all hateful things conspire 
To bind me in existence-- in a life 
Which makes me shrink from immortality-- 
A future like the past. I cannot rest.                 500
I know not what I ask, nor what I seek: 
I feel but what thou art-- and what I am; 
And I would hear yet once before I perish 
The voice which was my music-- Speak to me! 
For I have call'd on thee in the still night, 
Startled the slumbering birds from the hush'd boughs, 
And woke the mountain wolves, and made the caves 
Acquainted with thy vainly echo'd name, 
Which answer'd me-- many things answer'd me-- 
Spirits and men-- but thou wert silent all.             510
Yet speak to me! I have outwatch'd the stars,
And gazed o'er heaven in vain in search of thee. 
Speak to me! I have wander'd o'er the earth, 
And never found thy likeness-- Speak to me! 
Look on the fiends around-- they feel for me: 
I fear them not, and feel for thee alone. 
Speak to me! though it be in wrath;-- but say-- 
I reck not what-- but let me hear thee once-- 
This once-- once more!

PHANTOM OF ASTARTE.  Manfred!

MANFRED.   Say on, say on-- 
I live but in the sound--it is thy voice!               520

PHANTOM. Manfred! To-morrow ends thine earthly ills. 
Farewell!

MANFRED.    Yet one word more-- am I forgiven?

PHANTOM. Farewell!

MANFRED.     Say, shall we meet again?

PHANTOM.                          Farewell!

MANFRED. One word for mercy! Say, thou lovest me.

PHANTOM. Manfred!     

   [The Spirit of ASTARTE departs.

NEMESIS.  She's gone, and will not be recall'd; 
Her words will be fulfill'd. Return to the earth.

A SPIRIT. He is convulsed-- This is to be a mortal 
And seek the things beyond mortality.

ANOTHER SPIRIT. Yet, see, he mastereth himself, and makes 
His torture tributary to his will.                       530
Had he been one of us, he would have made 
An awful spirit.

NEMESIS.     Hast thou further question 
Of our great sovereign, or his worshippers?

MANFRED. None.

NEMESIS.     Then for a time farewell.

MANFRED. We meet then! Where? On the earth?--
Even as thou wilt: and for the grace accorded 
I now depart a debtor. Fare ye well!   

   [Exit MANFRED.

          (Scene closes).


harutoshura at 16:15|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月22日

バイロン「マンフレッド」⑲

「マンフレッド」、きょうも第二幕第四場のつづきです。

   天刑女神

 亡霊! それとも精霊!
  何ものでおまえはあろうと
 いまも、在りし日につづいて
  さながらに、または半ばにしても
 生みいだされた姿をのこし
  いまは天の大地へもどった
 その土塊の型をたもつものよ
  ふたたび光の中へ出でよ!
 在りし日に持ちしままに
  心も形もそなえ
 また、世にまみえていた容姿を
  うじ虫の手から取りもどせよ。
 あらわれよ――あらわれよ――あらわれよ!
 おまえをそこへ送ったものが、ここへ召すのだ!
  (アスターティのまぼろしがあらわれて、中央に立つ)

マンフレッド これが死のすがたか。この頬は花のように燃えている。
しかし、よく見れば、これは生者の色ではなく
あやしい熱病の燃え立ち――奇異な紅色
秋が朽ちた葉を染めなおす色だ。
しかし、同じだ。おお神よ! 私は恐れるのか
同じ――あのアスターティを見ることを! だが、
私は彼女に語ることができぬ――彼女に語らせよ――
私を赦すのであろうと、責め苦しめるのであろうと。

   天刑女神

 おまえを閉じこめていた
  墓を砕いた力にかけていうが
 いま語ったものに語れ
  また呼びいだしたものたちに!

マンフレッド  彼女は語らぬ。
その沈黙のうちに、私は多くの答を得た。

天刑女神 わが力はもはや及びません。天界の王よ!
力はただあなたにある――語らせたまえ。

アリマニーズ 亡霊よ――その帝笏(ていしゃく)に従え!

王笏

「帝笏」(sceptre)、王笏は、君主が持つ象徴的かつ装飾的な杖。杖は古くから権威の象徴で、ペルシャ王の王笏については旧約聖書のエステル記にも記述があります。

古代ギリシアの笏は長い杖で、『イーリアス』の中でアガメムノーンはオデュッセウスをアカイア人のリーダーのもとへ行かせる際に王笏を貸しています。

ローマ帝国時代の皇帝の王笏は象牙製で、先端に金でできた鷲の像がついたものが多くあります。キリスト教がヨーロッパに到来すると、鷲ではなく十字架を先端につけた王笏が見られるようになりましたが、中世における王笏先端の装飾は多様化していりました。

イングランドではかなり早くから2つの王笏を使い、リチャード1世の時代に、十字架を先端につけた王笏と鳩の像を先端につけた王笏として区別されるようになった。


原詩は次の通りです。

         NEMESIS 

   Shadow! or Spirit!
     Whatever thou art,
   Which still doth inherit
     The whole or a part
   Of the form of thy birth,
     Of the mould of thy clay
   Which returned to the earth,--                 460
     Re-appear to the day!
   Bear what thou borest,
     The heart and the form,
   And the aspect thou worest
     Redeem from the worm.
  Appear!-- Appear!-- Appear!
   Who sent thee there requires thee here!

[The Phantom of ASTARTE rises and stands in the midst.

MANFRED. Can this be death? there's bloom upon her cheek; 
But now I see it is no living hue, 
But a strange hectic-- like the unnatural red         470
Which Autumn plants upon the perish'd leaf. 
It is the same! Oh, God! that I should dread 
To look upon the same-- Astarte!-- No,
I cannot speak to her-- but bid her speak-- 
Forgive me or condemn me.

        NEMESIS

   By the power which hath broken
     The grave which enthrall'd thee,
   Speak to him who hath spoken,
     Or those who have call'd thee!

MANFRED.   She is silent, 
And in that silence I am more than answer'd.        480

NEMESIS. My power extends no further. 
Prince of air! It rests with thee alone-- command her voice.

ARIMANES. Spirit-- obey this sceptre!


harutoshura at 20:46|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月21日

バイロン「マンフレッド」⑱

「マンフレッド」、第二幕第四場のつづきです。

第一の運命女神  おまえらは去れ、引き下れ!――これは私があずかる。
目に見えぬ諸力の王なる神よ! この人間は
ありふれた類のものではありません。いま
その挙動と態度が、それを語っており、その煩悩は
不滅の性(さが)うぃ持つもの――われらのものに似ます。
彼の知性、さらに彼の権能と意志は
天上的な精気を鈍化するところの
土塊の質の分際としては
ほとんど持ち得ぬほどのものであり
彼の願望は地上住人の限度を越え
それは彼に、ついにわれらが知るところを教えました――
すなわち、知識は幸福にあらず、学問は
一個の無知蒙昧をもって、ただ
他の種類の無知蒙昧と交換することである。
そればかりでなく――地と天の属性なる
もろもろの情熱、すなわち、いかなる力も存在も
虫どもから上位につづくいかなる生命も脱却し得ぬもの
その情熱が彼の心臓をつらぬき、その結果
彼もかかるものとし――それを憐まぬ私も
それを憐むものを赦すにいたります。彼は私のもの――
ゆえに君のものでもありましょう。それはどうであれ――
この界域に住む諸霊の何ものも
彼のような魂を持たず――彼の魂に力をふるい得ません。

天刑女神  それでは、彼はここで何をするのか。

第一の運命女神  彼に語らせましょう。

マンフレッド おまえたちは、私の知ることを知っている。魔力なくば
私はおまえたちの仲間とはなれないのだから。
だが、この上にさらに深遠な力があり――私がきたのは
私の探求に解答を与えるべき、そのような諸力を求めてである。

天刑女神  何を欲するというのか。

マンフレッド  私に答を与える力はおんみにはない。
死者たちを呼びだせ。――私の質問は彼らになされる。

天刑女神  偉大なアリマニーズの神よ、あなたの意志は
この人間の願いを認めるところにありましょうか。

アリマニーズ  しかり。

天刑女神  おまえは何ものを冥界から呼び出そうというか。

マンフレッド  墓なきものを――アスターティを呼びいだせよ。

アスターティ

最後に出てくる「アスターティ(Astarte)」=写真、wiki=は、は、地中海世界各地で広く崇められたセム系の豊穣多産の女神。

古代の神の系統や属性は複雑多岐で容易には言い尽くせませんが、エジプトのイシス神と、メソポタミア神話のイナンナ、イシュタルとも、さらにはギリシア神話のアプロディテーとも起源を同じくする女神と考えられ、周辺地域のさまざまな女神とも習合しています。

本来は、生殖、豊饒の女性という性格をもっていますが、ギリシアではアルテミス(ダイアナ)と重なって、月の女神と見られることもありました。

バイロンがここで、この名前を出したため、後年バイロンの秘かな恋愛の対象であった異母姉オーガスタを象徴的にこのアスターティと呼ぶ人たちも出ています。

原詩は次の通りです。

FIRST DESTINY.      Hence! Avaunt!-- he's mine.        420
Prince of the Powers invisible! This man 
Is of no common order, as his port 
And presence here denote.  His sufferings 
Have been of an immortal nature, like 
Our own; his knowledge and his powers and will,
As far as is compatible with clay, 
Which clogs the ethereal essence, have been such 
As clay hath seldom borne; his aspirations 
Have been beyond the dwellers of the earth,
And they have only taught him what we know--           430
That knowledge is not happiness, and science 
But an exchange of ignorance for that 
Which is another kind of ignorance. 
This is not all; the passions, attributes 
Of earth and heaven, from which no power, nor being,
Nor breath from the worm upwards is exempt,
Have pierced his heart; and in their consequence 
Made him a thing, which I, who pity not,
Yet pardon those who pity. He is mine,
And thine, it may be-- be it so, or not,               440
No other Spirit in this region hath
A soul like his-- or power upon his soul.

NEMESIS. What doth he here then?

FIRST DESTINY.                   Let him answer that.

MANFRED. Ye know what I have known; and without power
I could not be amongst ye: but there are
Powers deeper still beyond-- I come in quest
Of such, to answer unto what I seek.

NEMESIS. What wouldst thou?

MANFRED.          Thou canst not reply to me.
Call up the dead-- my question is for them.

NEMESIS. Great Arimanes, doth thy will avouch           450
The wishes of this mortal?

ARIMANES.               Yea.

NEMESIS. Whom wouldst thou
Uncharnel?

MANFRED.   One without a tomb-- call up Astarte. 


harutoshura at 12:51|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月20日

バイロン「マンフレッド」⑰

「マンフレッド」、第二幕第四場のつづきです。

精霊  ここにきたのは何ものか。
死すべきものなる人間だ! 軽はずみの、罰あたりのおろかものよ
ふかく頭(こうべ)を垂れて、拝め!

第二の精霊  この人間を知っておる――
大いなる力と恐るべき術の魔法師だ!

第三の精霊 ふかく頭を垂れて、拝め
奴隷よ!――なに、知らぬというか
おまえとわれらの主君を?――慄えながら命にしたがえ!

精霊一同 ひれ伏せ。呪われた土塊の身よ
地の息子よ! さもなくばもっとも恐るべきこととなる。

マンフレッド  それはわかっている。
しかし、おまえらは見るだろう、私はひざまずかぬ。

第四の精霊  教えてやらねばなるまい。

マンフレッド すでに教えられている。――地上で、くる夜もくる夜も
裸の地面に、私は頭を垂れて
頭上に懺悔の灰をふりむいた。厳酷の苦行の
何であるかを知っているのだ――なぜならば
私は自らの空しい絶望の前にうな垂れ
自らの悲愁の前にひざまずいた。

第五の精霊  恐れを知らずにも、おまえは
王座にあられるアリマニーズの神に対して
全世界がささげるものを、ささげぬというのか
神の威光の恐ろしさが見えぬか――身を屈せよ!

マンフレッド 彼に、より高きものに身を屈せよと告げよ
すべてを支配する無限なるもの――造物主は
彼などを礼拝の対象としては造らなかった
彼をひざまずかせよ――しからばわれらもともにひざまずく。

精霊一同  この虫を押しつぶせ!
これをきれぎれに引き裂け!――

シェリー

社交界の寵児として恋に憂き身をやつしていたジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron、1788-1824)は、1815年にアナベラ・ミルバンクと結婚して一子を授かりますが、翌年には別居。その乱れた生活が指弾を受けたため、イギリスを去ってスイス各地を巡遊します。

このときにスイスで出会った、イングランドのロマン派詩人、シェリー(1792-1822)=写真、wiki=から高い精神的刺激を受け、また、その自然から霊感を受けました。こうした中で感興がわいて「マンフレット」が生まれる契機になったとバイロン自身が言っています。

そしてバイロンは、1816年の初秋、このスイスで1、2幕を、翌春、ヴェニスで3幕を書きました。

きょうの部分の原詩は次の通りです。

     Enter MANFRED.

A SPIRIT.  What is here? 
A mortal!-- Thou most rash and fatal wretch, 
Bow down and worship!

SECOND SPIRIT.  I do know the man--               400
A Magian of great power, and fearful skill!

THIRD SPIRIT. Bow down and worship, slave! What, know'st thou not
Thine and our Sovereign?-- Tremble, and obey!

ALL THE SPIRITS. Prostrate thyself, and thy condemnèd clay,
Child of the Earth! or dread the worst.

MANFRED.    know it;
And yet ye see I kneel not.

FOURTH SPIRIT.   'T will be taught thee.

MANFRED. 'Tis taught already,-- many a night on the earth,
On the bare ground, have I bow'd down my face,
And strew'd my head with ashes; I have known 
The fulness of humiliation, for                        410 
I sunk before my vain despair, and knelt 
To my own desolation.

FIFTH SPIRIT.  Dost thou dare 
Refuse to Arimanes on his throne 
What the whole earth accords, beholding not 
The terror of his Glory-- Crouch! I say.

MANFRED. Bid him bow down to that which is above him, 
The overruling Infinite-- the Maker 
Who made him not for worship-- let him kneel,
And we will kneel together.

THE SPIRITS.   Crush the worm!
Tear him in pieces!--


harutoshura at 20:07|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月19日

バイロン「マンフレッド」⑯

「マンフレッド」のつづき。きょうから第四場(SCENE Ⅳ)に入ります。舞台は、第三場で登場した邪神アリマニーズの殿堂の広間。アリマニーズは、火の球体の玉座に、諸霊にかこまれて座っています。

  諸霊の讃歌

わが主をたたえよ――地と空の王を!
 雲と水とのうえを歩み――その手は
 四大を統べる笏(しゃく)を持ちたまい、その至上の命には
四大は相たたかって混沌を現出する。
呼吸したまえば――嵐は海洋を揺るがし
 語りたまえば――むら雲は雷鳴をもって答え
見つめたまえば――その眼光より日光は逃げ去り
 動きたまえば――地震は世界をこなごなに裂く。
その足跡に、火山群は噴きだし
 その陰影は、疫病をうみ、その道を
彗星は諸天をはためかせつつ先導し
 その赫怒(かくど)に、遊星はみな灰燼(かいじん)と化す。
君のため、戦争は日ごとに生贄(いけにえ)をささげ
 君のため、死はその貢物をたてまつり、生は
その無限の苦悩をあつめて、君にひれ伏し
 あらゆる存在の精霊は君のもの!

  運命女神と天刑女神登場

第一の運命女神 アリマニーズ大神に光栄あれ! 地上に
御力は拡大しやまず――私の姉妹らは
命令をとりおこない、私もまた義務を怠らぬ。
第二の運命女神 アリマニーズ大神に光栄あれ! われら命を待つ!
天刑女神 王の王よ! われらは君のもの
しかも、生きとし生けるものは、多かれ少なかれわれらのもの
ほとんどすべては、全くわれらのもの、さらにわれらは
われらの力を増し、それにより君の力を増すことに
心を裂き、夜も目を閉じぬ。このほどの
君の命令は、あますところなく成しとげられた。

エンペドクレス

ここで「四大(しだい)」と訳されているのは、この世界の物質は、火・空気・水・土の4つの元素から構成されるとする概念(四元素)のことを指しています。

ギリシア哲学の前期、ミレトス派の哲学者たちは、世界の多様な現象の根底に存在する自然の原理(archē)を探究しました 。

タレスは水、アナクシマンドロスは水・空気(風)・火・土のさらに根源としてト・アペイロン (限定のないもの)、アナクシメネスは空気にそれを求めました。

これらは、エンペドクレス=写真、wiki=によって、互いに独立で、他から導き出されることのない永遠の四元(万物の四つの根)と位置づけられ、この四元素が愛と争いの原理によって結合、分離し、事物の生成変化が生じるとされました。

また、アリストテレスは、四元素を成立させる熱・冷・湿・乾の四つの性質を重視しています。これら四つの元素は、具体的な物を指すわけではなく、物の状態・様相であり、物質を支える基盤のようなものとされました。

四大・四元素の考え方は、のちに錬金術など科学分野にも大きな影響を与え、現在でもファンタジーにとって不可欠な要素として用いられています。

SCENE Ⅳ

The Hall of ARIMANES.-- ARIMANES on his Throne, a Globe of Fire, surrounded by the SPIRITS.
     
         Hymn of the SPIRITS

 Hail to our Master!-- Prince of Earth and Air!--
  Who walks the clouds and waters-- in his hand
 The sceptre of the elements, which tear
   Themselves to chaos at his high command! 
 He breatheth-- and a tempest shakes the sea;
  He speaketh-- and the clouds reply in thunder; 
 He gazeth-- from his glance the sunbeams flee;
  He moveth-- earthquakes rend the world asunder. 
 Beneath his footsteps the volcanoes rise;
  His shadow is the Pestilence; his path          380
 The comets herald through the crackling skies;
  And planets turn to ashes at his wrath. 
 To him War offers daily sacrifice;
  To him Death pays his tribute; Life is his, 
 With all its infinite of agonies--
  And his the spirit of whatever is!
      
         Enter the DESTINIES and NEMESIS.

FIRST DESTINY. Glory to Arimanes! on the earth 
His power increaseth-- both my sisters did 
His bidding, nor did I neglect my duty!

SECOND DESTINY. Glory to Arimanes! we who bow           390
The necks of men, bow down before his throne!

THIRD DESTINY. Glory to Arimanes!-- we await His nod!

NEMESIS. Sovereign of Sovereigns! we are thine. 
And all that liveth, more or less, is ours, 
And most things wholly so; still to increase 
Our power, increasing thine, demands our care, 
And we are vigilant-- Thy late commands 
Have been fulfill'd to the utmost.


harutoshura at 11:53|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月18日

バイロン「マンフレッド」⑮

「マンフレッド」のつづき。きょうは第三場(SCENE Ⅲ)の後半を読みます。

  第二および第三の運命女神登場

  三者の声

われらの手は人の心臓をにぎりしめ
 われらの足跡は人の墓となる。
われらは、奪うために与える
 われらの奴隷らのたましいを。

【第一の運命女神】 よくこられた。――天刑女神(ネメシーズ)はいずこに?

【第二の運命女神】 何かの大きな業をしておられる。
 何であるかを私は知らぬ。私も手放せぬことを持った。

【第一の運命女神】 いずこにあられましたか
 私の姉妹とあなたは、今宵はおそくありました。

【天刑女神】 うち砕けた玉座をつくろうのに手を取られ――
 また痴れものらを結婚させ、王朝を建てなおし――
 あるもののために復讐をしてやり
 その復讐について後悔させ
 賢者らをいためて狂者と化し、愚者から
 世界を支配する神託を新しく
 つくり出した――なぜならば神託は時代おくれとなり
 人間どもは、不逞にも自ら思考することをおぼえ
 国王らを衡(はか)りにかけ――口をひらいて
 禁断の果実なる「自由」について語ったからだ。――行こう
 もはや時は過ぎている――雲に乗ろう。

ネメシス

「天刑女神(ネメシーズ)」(Nemesis)=写真、wiki=は、ギリシア神話に登場する女神。人間が神に働く無礼(ヒュブリス)に対して、神の憤りと罰を擬人化したものです。

「ネメーシス」はしばしば「復讐」を意味するといわれますが、元来、
不当な事柄に対する義憤、とくに人間の高慢な言動に対する神の怒りと、神罰としての報復の擬人化と考えられます。

ヘシオドスによれば、この女神はニクス(夜の神)の娘とされているが、女神アイドス(羞恥)とともに、「鉄の時代」になると人間界を見捨ててしまいます。

白鳥に身を変じたゼウスと交わって、ヘレネとディオスクロイを生んだとも。悲劇にしばしば登場し、その性格が深化されています。崇拝の対象としては紀元前6世紀ごろすでに祭儀が執り行われていたとされ、アッティカ地方のラムヌスにある神殿はよく知られています。

原詩は次の通りです。

      Enter the SECOND and THIRD DESTINIES.

                The Three.

          Our hands contain the hearts of men,
             Our footsteps are their graves:
          We only give to take again
             The spirits of our slaves!

FIRST DESTINY. Welcome!-- Where's Nemesis?

SECOND DESTINY.                At some great work;
But what I know not, for my hands were full. 

THIRD DESTINY. Behold she cometh.


       Enter NEMESIS.

FIRST DESTINY.           Say, where hast thou been?
My sisters and thyself are slow to-night. 

NEMESIS. l was detain'd repairing shattered thrones,     360
Marrying fools, restoring dynasties, 
Avenging men upon their enemies, 
And making them repent their own revenge; 
Goading the wise to madness, from the dull 
Shaping out oracles to rule the world 
Afresh, for they were waxing out of date, 
And mortals dared to ponder for themselves, 
To weigh kings in the balance, and to speak 
Of freedom, the forbidden fruit.-- Away! 
We have outstaid the hour-- mount we our clouds!  [Exeunt. 370


harutoshura at 20:47|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月17日

バイロン「マンフレッド」⑭

「マンフレッド」のつづき。きょうから第三場(SCENE Ⅲ)に入ります。「ユングフラウ山の頂上(The Summit of the Jungfrau Mountain.)、第一の運命女神あらわる(Enter FIRST DESTINY.)」とあります。

月は大きくまるく、かがやかに昇りはじめた
死ぬべき定めをもつ俗界の人間が踏んだことのない
この雪上をわれらは夜ごとに歩むが
その足跡は残らぬ。またわれらがかすめ走る
山上の氷の荒涼たる海原、かがよう大洋の
けばたつ浪頭は、騒ぎ立つ嵐の水沫(みなわ)が
一瞬に氷結した景観――死せる大渦巻の姿である。
かくして、このもっとも峻険幻怪な千峯
激震による雷模様のごときところ――そこに、むら雲は
走りすぎつつしばし憩いを取り――
こここそ、われらの聖なる饗宴と夜の祈りの地である。
私は、アリマニーズ神の殿堂へおもむく道で
姉妹たちをここで待つ――今宵は
大饗宴がある――姉妹たちが見えぬのはふしぎではないか。

  舞台の外で歌う声

囚われの潜王は
  玉座から突きおとされ
 忘れられ、孤独に
  昏々として横たわっていた。
 われは、その眠りを突き破り
  彼の鉄鎖をうち砕いた
 われは大軍を集めて彼に加わり
  彼はふたたび暴帝として立つ!
 わが友情に、かれは答えるのだ――百万人の血潮をもって
 また国家の崩壊と――彼の亡命と絶望をもって!

  舞台の外で、第二の声

 船は帆走った、船は迅(と)く穂走った、しかし
 われは一枚の帆も、一本の帆柱もゆるさなかった
 船体の、甲板の、一枚の板も見のがさなかった
 難破をなげくあわれな男らも滅ぼしつくした。
 ただ一人、泳ぐものを頭髪をとらえてとどめたが
 そは、わが心をかけるに足る家来だった。
 陸上の裏切者、洋上の海賊だった――
 さらにわがために、禍いを世にまきおこせと救ったのだ。

  第一の運命女神、答える

 都は眠りつつよこたわる
  嘆きのために夜は明けて
 泣きぬれる巷(ちまた)を照らす。
  重々と、ゆるやかに
 黒死病(ペスト)は都のうえを飛びめぐり――
  幾千のもの、病みはてて臥し
 幾万のもの、滅びて死にいたる。
  生けるものは、護るべき
 病者をすてて逃がれゆく。
  されど、死の伝染の力に
 うち勝つすべはいずこにもない。
  かなしみと、苦患の悶えと
 わざわいと、大いなる恐怖が
  この国をおおいつつむ。
 死せるものは幸いなるかな
 みずからの滅亡のあとを
  目にすることがないゆえに。
  この、ただ一夜のはたらき――
 この国土の破壊――このわが業績―― 
 歳月をかけてなしとげ、さらに新たにはじめる。
   
アフラ

「アリマニーズ神」というのは、ゾロアスター教における暗黒の霊であるアーリマンのこと。「対立する霊」の意味で、光明神アフラ・マズダ=写真、wiki=と対極に置かれます。

ゾロアスター教は、主神アフラ・マズダの名から「マズダ教」とも呼ばれます。また、火を神聖視するため「拝火教」ともいいます。

古代イランの土俗的信仰を基礎に,善神マズダと悪神アーリマンの二元論的構造をもつ宗教。ササン朝ペルシア時代に隆盛をみましたが、イスラムの興隆とともに衰えました。

世界を善神と悪神の戦場とみ、世界の歴史を1万2000年として、それを4期に分けて考えます。第1期はマズダ神の精神的創造期、第2期は物質的創造期、第3期にアーリマンが登場し、第4期はゾロアスターが支配します。

来世には信者ののぼる天界と非信者の落ちる地獄とがありますが、善悪神の戦いの勝者となる善神によって、すべての人たちが最後には救われるとされています。

ニーチェの作品の主人公ツァラトゥストラ(Zarathustra)は、この教えの創造者からとった名前です。

原詩は—―  

SCENE Ⅲ

The Summit of the Jungfrau Mountain.

     Enter FIRST DESTINY.

The moon is rising broad, and round, and bright;
And here on snows, where never human foot             300
Of common mortal trod, we nightly tread,
And leave no traces; o'er the savage sea,
The glassy ocean of the mountain ice,
We skim its rugged breakers, which put on
The aspect of a tumbling tempest's foam,
Frozen in a moment-- a dead whirlpool's image.
And this most steep fantastic pinnacle,
The fretwork of some earthquake-- where the clouds
Pause to repose themselves in passing by--
Is sacred to our revels, or our vigils;               310
Here do I wait my sisters, on our way
To the Hall of Arimanes, for to-night
Is our great festival-- 't is strange they come not.


            A Voice without, singing.

           The Captive Usurper, 
             Hurl'd down from the throne,
           Lay buried in torpor,
             Forgotten and lone;
           I broke through his slumbers,
             I shiver'd his chain,
           I leagued him with numbers--               320
             He's Tyrant again!
       With the blood of a million he'll answer my care,
       With a nation's destruction-- his flight and despair.


                Second Voice, without.

       The ship sail'd on, the ship sail'd fast,
       But I left not a sail, and I left not a mast;
       There is not a plank of the hull or the deck,
       And there is not a wretch to lament o'er his wreck;
       Save one, whom I held, as he swam, by the hair,
       And he was a subject well worthy my care;
       A traitor on land, and a pirate at sea--        330
       But I saved him to wreak further havoc for me!

                 FIRST DESTINY, answering.

           The city lies sleeping;
             The morn, to deplore it,
           May dawn on it weeping:
             Sullenly, slowly,
           The black plague flew o'er it--
             Thousands lie lowly;
           Tens of thousands shall perish--
             The living shall fly from
           The sick they should cherish;               340
             But nothing can vanquish
           The touch that they die from.
             Sorrow and anguish,
           And evil and dread,
             Envelope a nation--
           The blest are the dead,
           Who see not the sight
             Of their own desolation;
           This work of a night--
       This wreck of a realm-- this deed of my doing--      350
       For ages I've done, and shall still be renewing!


harutoshura at 20:27|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月16日

バイロン「マンフレッド」⑬

「マンフレッド」のつづき。きょうは、第二幕第二場の終盤、マンフレッドの独白です。阿部知二訳です。

【マンフレッド】 われわれは「時」と「恐怖」となぶられるもの
日々は、忍び寄り、また忍び去り、しかもわれわれは生きつつ
われわれの生を厭悪し、死をさらに恐れる。
それらの日々はすべて呪わしい首かせにかけられ
生を圧する重荷の下にもがく心臓は
悲しみに沈み、苦痛に波うち
やがては悶絶または喪神におわるべき歓喜に早鳴り――
かくてすべての過去と未来のうち――なぜならば
人生に現在はないのだから――われわれの魂が
死を渇望することをとどめ得るような日々は
稀である――あまりにも稀である――しかも魂は
冬の流れに面したように身を退(ひ)くが
冷たさは一瞬のものに過ぎぬのだ。
わが学問には、なお一つの方法がのこっており
死者らを呼び、われわれが恐れ避けるものは何かと聞き得る。
もっとも苛酷な回答も、「墓」ということでしかなかろうが
それも何ものでもない。死者が答えぬとしても――
葬られた予言者はエンドルの巫女の呼びかけに答え
またスパルタの王ポオサニアスは、
鎮まり得ぬビザンチウムの乙女の霊の
声を聞き、自己の運命を知った――彼は
愛する乙女を、それとは知らずして刺し殺し
赦しを受けずして死した――とはいえ彼は
フィクシアのゼウス神の救いをもとめ
フィガリアではアルカディアの巫女によって
怒れる死霊を呼び、その怨みを述べさせ
その復讐の条件を聞うとした――その乙女の霊は
謎めく意味の言葉を吐いたが、その意はとげられたのであった。
もし私が生まれなかったとすれば、私が愛したものは
いまも生きつづけたであろう。もし私が愛さなかったとすれば
私が愛したものは、いあまもなお美しく
幸福であり、人に幸福をあたえていたであろう。彼女とは何か?
いまの彼女とは何か?――私の罪による受難者――
それを思うことを私が恐れるもの――さもなくば無なるもの。
しばらくの時がたてば、私が呼び出すこともできよう――
しかし、いま私は、自らがなそうとすることに恐れを感じる。
このいまの時まで私は、善き霊もまた悪しき霊も
それと直面することにたじろぎはしなかったのだが
いま私は戦慄し、あやしい寒気が心臓をひたすのを感じる。
しかし私は、もっとも厭(いと)い恐れる行動をも取り
人間の恐怖を代表して立ち得るのだ。――夜が近づいた。

サウル

「葬られた予言者はエンドルの巫女の呼びかけに答え」というのは、旧約聖書「サミエル書」28章に、サウル王がエンドルの地の巫女に命じて、死んだ予言者サミエルの霊を呼び出された話に拠っています。

サウルは、イスラエル最初の王 (在位前 1020~10頃) 。ペリシテ人の迫害に悩むイスラエルの長老たちによって王を立てることを強く要求された預言者サムエルは、主の言葉に従って丈高く美しい青年サウルに油を注ぎ、王となるべきことを伝えました (サムエル記上 10・1) 。

「スパルタの王ポオサニアスは、/鎮まり得ぬビザンチウムの乙女の霊の/声を聞き、自己の運命を知った」とあるところの「ポオサニアス」は、紀元前5世紀のスパルタ王。

故国にそむいてビザンチウムを占領していましたが、のちに追放されます。このビザンチウムでクレオニスという娘を愛しますが、誤って殺してしまいました。後に、その霊を呼び出してゆるしを求めたとされています。

原詩は次のとおりです。

MANFRED (alone).   We are the fools of time and terror: Days 
Steal on us and steal from us; yet we live, 
Loathing our life, and dreading still to die.        260
In all the days of this detested yoke-- 
This vital weight upon the struggling heart, 
Which sinks with sorrow, or beats quick with pain,
Or joy that ends in agony or faintness-- 
In all the days of past and future, for 
In life there is no present, we can number 
How few, how less than few, wherein the soul 
Forbears to pant for death, and yet draws back 
As from a stream in winter, though the chill 
Be but a moment's. I have one resource               270
Still in my science-- I can call the dead, 
And ask them what it is we dread to be: 
The sternest answer can but be the Grave, 
And that is nothing-- if they answer not-- 
The buried Prophet answered to the Hag 
Of Endor; and the Spartan Monarch drew 
From the Byzantine maid's unsleeping spirit 
An answer and his destiny-- he slew 
That which he loved unknowing what he slew, 
And died unpardon'd-- though he call'd in aid        280
The Phyxian Jove, and in Phigalia roused 
The Arcadian Evocators to compel 
The indignant shadow to depose her wrath, 
Or fix her term of vengeance-- she replied 
In words of dubious import, but fulfill'd. 
If I had never lived, that which I love 
Had still been living; had I never loved, 
That which I love would still be beautiful-- 
Happy and giving happiness. What is she? 
What is she now?-- a sufferer for my sins--           290
A thing I dare not think upon-- or nothing. 
Within few hours I shall not call in vain-- 
Yet in this hour I dread the thing I dare: 
Until this hour I never shrunk to gaze 
On spirit, good or evil--now I tremble,
And feel a strange cold thaw upon my heart.
But I can act even what I most abhor,
And champion human fears.-- The night approaches.          [Exit.


harutoshura at 23:55|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月15日

バイロン「マンフレッド」⑫

ちょっと休みましたが、きょうから「マンフレッド」のつづきに戻りたいと思います。これまでは小川和夫訳でしたが、きょうから試しに阿部知二訳に変えてみようと思います。阿部訳では「魔女」は「妖霊」となっています。

【マンフレッド】 大気の娘よ! 私はいうが、あの時から――
しかし言葉は吐息でしかない――睡眠のときの私を見よ
目ざめたときの私を見よ――近づいてともに坐れ!
私の孤独はもはや孤独ではなく
復讐女神たちがそこにむらがっているのだ。
私は、朝がくるまで闇に歯ぎしりをつづけ
それから日暮まで自らを呪いつづけた。
恵みとして狂気を祈りもとめ――祈りは拒まれた。
平然と「死」に立ち向っていった――しかし
天地の騒乱の中ですら、風浪も私を見ては避け
あらゆる危害も私に触れることなく過ぎていった。
冷酷無情の悪魔の氷の手が、私をおさえて放さず
引きとめる一本の髪の毛のごときものが、切れなかったのだ。
私は、幻想、想像、豊饒きわまりない魂の世界へ――
それはかつて創造においてクロソス王のごとく富んでいたのだが――
その世界へ、深く突きすすんでゆこうとしたが
しかし、それは引潮のように私を押しもどし
測り得ぬ思念の底に置くのだった。
私は「人類」のただ中へ突入した――すべて私が求めたのは
「忘却」であり、それを見出し得ぬところにのみ求めたのだ――
こうして学ばねばならなかった――私の学問
またながく追求した超人間的な魔術も
この世界では滅ぶべきものである。私は絶望に沈み
生きつづける――永遠に生きつづける。

【妖霊】 おそらくは
あなたの助けとなることができよう。

【マンフレッド】 それをなすには、おまえの力が
死者をよみがえらせるか、さもなくば私を彼らのところへ落とすかだ。
それをなせ――いかなるかたちでも――いかなる時にでも――
またいかなる苦痛もよろしい――それが最後であるならば。

【妖霊】 それは私の為すべきところではない。ただ
あなたが私の意志にしたがうことを誓い
私の命ずるままにするならば、あなたの願望は助けられるだろう。

【マンフレッド】 私は誓わない。服従? だれにするのか
私が呪文で呼びだした精霊にしたがい
私に仕えてきたものたちの奴隷となるのか――断じて!

【妖霊】 それがすべてか。
よりおだやかな答えはないであろうか――もっと考え
拒絶するまえに、しばらく時をおくように。

【マンフレッド】 すべて答えたのだ。

【妖霊】 もはや終った。私は消えよう。――命じてください。
(妖霊は消えうせる)

220px-Croesus_portrait

「クロソス王(Croesus)」=写真、wiki=というのは、小アジアのリュディア王国最後の王 (在位前 560頃~546頃) 。イオニアのギリシア都市を支配下に置くなど、治世の初期には勢力を振るいました。

また、ここにあるように、砂金の生産と交易による莫大な富はギリシア人の間で伝説化されました。デルフォイの聖所に宝物の奉納を行い、エフェソスのアルテミス神殿の再建に貢献したほか、スパルタと同盟したといった功績があります。

ヘロドトスは、哲学者ソロンとの交友関係を伝えますが、それが史実かどうかは疑わしいようです。

アケメネス朝ペルシア王キロス2世の西征に際し、カルデア王ナボニドスやエジプト、スパルタと共同で抵抗しようとしましたが失敗し、首都サルディスは陥落。王自身は焼身自殺したとも、捕らえられたとも伝えられます。 

原詩は次の通りです。

MANFRED.  Daughter of Air! I tell thee, since that hour-- 
But words are breath-- look on me in my sleep, 
Or watch my watchings-- Come and sit by me! 
My solitude is solitude no more,
But peopled with the Furies,-- I have gnash'd 
My teeth in darkness till returning morn, 
Then cursed myself till sunset;-- I have pray'd 
For madness as a blessing-- 'tis denied me. 
I have affronted death-- but in the war 
Of elements the waters shrunk from me,             230
And fatal things pass'd harmless-- the cold hand 
Of an all--pitiless demon held me back,
Back by a single hair, which would not break. 
In fantasy, imagination, all 
The affluence of my soul-- which one day was 
A Croesus in creation-- I plunged deep, 
But, like an ebbing wave, it dash'd me back 
Into the gulf of my unfathom'd thought. 
I plunged amidst mankind-- Forgetfulness 
I sought in all, save where 'tis to be found,       240
And that I have to learn-- my sciences, 
My long pursued and superhuman art, 
Is mortal here; I dwell in my despair-- 
And live-- and live for ever.

WITCH.               It may be 
That I can aid thee.

MANFRED.          To do this thy power 
Must wake the dead, or lay me low with them.
Do so-- in any shape-- in any hour-- 
With any torture-- so it be the last.

WITCH. That is not in my province; but if thou 
Wilt swear obedience to my will, and do            250
My bidding, it may help thee to thy wishes.

MANFRED. I will not swear-- Obey! and whom? the spirits 
Whose presence I command, and be the slave 
Of those who served me-- Never!

WITCH.                       Is this all?  
Hast thou no gentler answer?-- Yet bethink thee, 
And pause ere thou rejectest. 

MANFRED.                   I have said it. 

WITCH. Enough!-- I may retire then-- say! 

MANFRED.                     Retire!   [The WITCH disappears.


harutoshura at 20:30|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月14日

ビーアマン「「そして、私たちが岸辺に来たときに」③

ビーアマン詩のつづき。きょうは、「そして、私たちが岸辺に来たときに(Und als wir ans Ufer kamen)」を補足するとともに、有名な「Ermutigung(励まし)」(野村修訳)という詩を眺めておきます。

  Ermutigung(励まし)

Du, laß dich nicht verhärten
in dieser harten Zeit.
Die allzu hart sind, brechen,
die allzu spitz sind, stechen
und brechen ab sogleich.
きみはコチコチになるな
このコチコチの時代に
硬すぎるやゆは折れるし
尖りすぎるやつはすぐ
チクリのあとでポキリとなる
 
Du, laß dich nicht verbittern
in dieser bitt'ren Zeit.
Die Herrschenden erzittern
- sitzt du erst hinter Gittern -
doch nicht vor deinem Leid.
きみは苦虫を噛むな
このにがい時代に
支配者どもがビクツクのは
きみを獄舎のなかに見るときで
きみの悩みなんかを見てじゃない
 
Du, laß dich nicht erschrecken
in dieser Schreckenszeit.
Das woll'n sie doch bezwecken
daß wir die Waffen strecken
schon vor dem großen Streit.
きみは怖がるな
この恐怖の時代に
大いにたたかいもしないうちから
ぼくらが武器を棄ててしまえば
やつらの思うツボになる
 
Du, laß dich nicht verbrauchen,
gebrauche deine Zeit.
Du kannst nicht untertauchen,
du brauchst uns und wir brauchen
grad deine Heiterkeit.
きみはクタクタにされるな
じぶんの時間を使え
沈没しちゃあいけない
きみにはぼくらが、ぼくらには
きみの明るさが必要だ
 
Wir woll'n es nicht verschweigen
in dieser Schweigezeit.
Das Grün bricht aus den Zweigen,
wir woll'n das allen zeigen,
dann wissen sie Bescheid
ぼくらはだまるまい
この沈黙の時代に
緑は枝から芽吹いてくる
ぼくらがそれをさししめせば
誰だって分かるだろう

ベルリンの壁

「Ermutigung(励まし)」に出てくる「in dieser harten Zeit.(このコチコチの時代に)」「in dieser bitt'ren Zeit.(このにがい時代に)」「in dieser Schreckenszeit.(この恐怖の時代に)」「in dieser Schweigezeit.(この沈黙の時代に)」などの「Zeit(時代)」とは、具体的にはどういう時代のことをいうのでしょう。

私たちの夢の中から何が生まれるというのか
このひき裂かれた国土の中で
傷口は、閉じようなんてしちゃいない
この泥にまみれた包帯では
そして、われらが友たちとどうなるっていうんだ
そして、君の中から、私の中から、このうえ何が……
私はしたいんだ。いちばん好きな、居なくなるってことを
そして、いちばん好きな、ここに留まるってことを
――いちばん好きな、ここに
Was wird bloss aus unsern Träumen
In diesem zerrissnen Land
Die Wunden wollen nicht zugehn
Unter dem Dreckverband
Und was wird mit unsern Freunden
Und was noch aus dir, aus mir -
Ich moechte am liebsten weg sein
Und bleibe am liebsten hier
                       - am liebsten hier.

この、「そして、私たちが岸辺に来たときに(Und als wir ans Ufer kamen)」の第2連の「この泥にまみれた包帯では(Unter dem Dreckverband)の「Dreckverband」は「泥沼の同盟」と訳すこともできます。

山川出版『ドイツ史』を見ると「西側陣営への西ドイツの編入に並行して、東ドイツもまたソ連ブロックに組み込まれていった。西側の進展と比較すれば、東ドイツにたいするソ連の影響力は圧倒的であったし、東ドイツ側も、対外政策よりはソ連をモデルとする社会主義国の建設にこそ主力を注いだ、という相違はあろう。しかし、55年に、ソ連は東ドイツとのあいだで条約を締結し、その主権を承認した。

ワルシャワ条約機構へ加盟した東ドイツは、56年には兵営人民警察を国家人民軍に改組し、また、49年にモスクワで設立されたコメコン(経済相互援助会議)は、遥かに低い発展段階にあった東欧諸国の国民経済に限られた効果しかもたらさなかったが、それでも対ソ連を中心とする東欧諸国との貿易圏へと東ドイツを組み込んだ。」とあります。

「ワルシャワ条約機構(WTO)」は、1955年に設立された、ソ連と東ヨーロッパ諸国の相互防衛機構です。従来、ソ連と東ヨーロッパ諸国は2国間の軍事協定のネットワークを形成していましたが、55年に西ドイツの北大西洋条約機構 NATO加入を契機として、国連憲章第 51条に基づく友好・協力・相互援助条約をワルシャワで締結したのです。

締約国はソ連、アルバニア、ブルガリア、ハンガリー、東ドイツ、ポーランド、ルーマニア、チェコスロバキアの8ヵ国。アルバニアは 61年から名目上の締約国になり、68年チェコ事件に抗議し条約を破棄しています。最高機関は政治協議委員会 (全会一致制) で、条約の規定する統一司令部はモスクワに所在しました。

69年に国防相委員会、76年に外相委員会を新設。条約の期限は20年間で、廃棄宣言がないかぎり10年間自動延長されました。 85年、ソ連共産党書記長ゴルバチョフ出席の政治協議委員会で条約を 20年間延長する議定書が署名された。 91年7月1日、プラハで開催された同委員会で、7ヵ国の代表はワルシャワ条約の失効に関する議定書に署名し、ここに NATOと対峙してきた WTOは消滅することになりました。

「コチコチ」で「にがい」、そして「恐怖」で「沈黙の時代に」に、というのは、ざっくりいうと、この「ワルシャワ条約機構」の体制下にあった時代ということになります。

東ドイツ(ドイツ民主共和国)は、ドイツ東部にあった共和国(1949年―1990年)。正称にはDeutsche Demokratische Republikです。1990年10月に西独に編入され、統一ドイツの一部となりました。

ベルリンを首都とし、1990年当時、面積10万8178平方キロ、人口1625万人。第2次大戦で敗北したドイツは米英仏ソ4国の分割占領統治下に置かれました。冷戦による西側3国とソ連の対立は、1948年のソ連によるベルリン封鎖で決定的となり、1949年西側占領地区に西独が、ソ連占領地区に東独が樹立されます(ベルリン問題)。

ドイツ社会主義統一党の実質的な一党支配の下、ワルシャワ条約機構に参加し、東独国家の合法・正当性を国際的に認めさせることを外交の課題に、東欧圏のなかでも最も親ソ的な外交政策をとりました。1971年社会主義統一党の第一書記(1976年書記長と改称)の座がウルブリヒトからホーネッカーに移ります。

1973年には西独とともに国連加盟を認められ、二つのドイツの存在が正式に承認。1989年10月、国内の民主化運動が激化し、ホーネッカーは党書記長辞任に追い込まれ、一党独裁体制が崩壊しました。同年11月には東西ドイツ分断を象徴であった「ベルリンの壁」=写真、wiki=が開放され、一気にドイツ統一へと向かいました。


harutoshura at 19:23|PermalinkComments(0)ビーアマン 

2019年11月13日

ビーアマン「「そして、私たちが岸辺に来たときに」②

「そして、私たちが岸辺に来たときに(Und als wir ans Ufer kammen)」のつづきです。きょうは「ビーアマン」について紹介します。

そして、私たちが岸辺に来たときに
そして、また長く艀(はしけ)にすわっていたときに
そこで目にしたんだ、天が
最高に美しく水の中にあるのを
そして、ナシの木の間を通って可愛い魚のペアが
飛んでいくのを見たんだ。飛行機は湖を
横切っていって、機体は微塵にこわれていった
穏やかに、ヤナギの幹のあたりで
――ヤナギの幹のあたりで

私たちの夢の中から何が生まれるというのか
このひき裂かれた国土の中で
傷口は、閉じようなんてしちゃいない
この泥にまみれた包帯では
そして、われらが友たちとどうなるっていうんだ
そして、君の中から、私の中から、このうえ何が……
私はしたいんだ。いちばん好きな、居なくなるってことを
そして、いちばん好きな、ここに留まるってことを
――いちばん好きな、ここに

ビーアマン

ドイツの詩人、ビーアマン(Wolf Biermann、1936-)は、ユダヤ系ドイツ人としてハンブルクの労働者の家(両親は共産党員)に生まれました。父は反ナチ活動で逮捕、アウシュウィッツで殺害されています。

ギムナジウム(9年制の普通中等学校)在学中の1953年に、自ら進んで旧東ベルリンに転校、フンボルト大学在学中の57年から2年ほどベルリーナー・アンサンブル(国立劇場)で演出助手をつとめました。

60年ごろから詩作を始めるが、詞に曲をつけ、ギターを手に聴衆に歌いかけるのが本領で、「歌づくり」を自称。あるべき理想の姿に照らして現実の不備を指摘し欠陥を弾劾するその仕事は、政府の文化政策の実情と衝突して禁止措置を受けるケースも多く、ドイツ社会主義統一党への入党希望も実現しませんでした。

しかし、彼の歌の愛好者は西にも広がり、64年には旧西ドイツの社会主義系学生組織の招待による演奏旅行が好評で、65年に第一詩集『針金のハープ』が西ベルリンの出版社から刊行されました。

この内容や表現を不穏当とする東ドイツの政府や言論機関から作者への批判と非難のキャンペーンが展開され、その公開の場への出演、作品の国内での刊行、国外旅行のすべてが禁止され、この措置は以後11年間維持されることになりました。

しかし、作者の演奏活動は自宅や友人たちの私的な集まりで継続され、その録音がレコードとなって発売され、詩集『マルクス・エンゲルスの舌で』(1968)、音楽つきの竜退治の芝居『ドラ・ドラ』(1970)、ハイネの作品をモデルにつくられた長編詩『ドイツ――ひとつの冬物語』(1972)その他の作品が西の出版社から刊行されました。

昨日見たように、76年11月に西ドイツの金属労働組合その他からの招待を受けて東の政府は出国許可を与えたものの、ケルンでの最初のコンサートの盛況ぶりがテレビで中継放映された直後、公民権剥奪と国外追放を発表しました。この措置は東の心ある作家たちの強い反発と動揺を招くことになる。

以後、ビーアマンは西ドイツに在住し、『プロイセンのイカルス』(1978)、『さかさまの世界――それを見るのが好き』(1982)などの詩集や何点ものレコードを発売、社会問題にも発言し、96年にはCD『甘い生――苦い生』で17編の新しい歌を発表しています。


東ドイツ政府から国外追放処分を受けた直後の『シュピーゲル』誌のインタヴューでは、ビーアマンは次のように語っていますから=野村修『ビーアマンは歌う』(晶文社、1986.2)

ビーアマン ぼくはDDRの状況を左の立場から批判している。ご承知のように批判は右からもできる。この二つの態度は、右でも左でもないひとびとによって、しばしば混同される。……
 ぼくは、1953年以来DDRに住んでいる。つまりぼくの人生の大半を。しかもその時期は、ぼくが政治的に自己形成し、発展してきた時期だった。……ぼくはぼくの関心、情熱、また能力のすべてをあげて、DDRに固執してきた。……だからぼくはいま多くの意味で、異国にいるわけだ。

記者 ……あなたは今度、帰れるという確信をもって、ここへ来たのか?

 むろんだ、でなかったら来るはずもない。

記 コンサートのあいだに、疑念がかすめなかったか? 西ドイツの公衆を前にして反DDRプロパガンダをやっている、じぶんの国を中傷していると、SEDがあなたを非難すること――じじつそのとおりになったが――を、あなたは念頭におかねばならなかったろう。

 舞台に立つまえ、ぼくはずいぶん長い年月登場を禁じられていたわけだから、ギターをひいていて爪が割れはしないか、声がかれはしないか、こんなに長いコンサートをもちこたえられるだろうかと、不安だった。歌詞が即座に口に出るかどうか、自信がなかった。しかしDDRへ帰れまいなどとは、少しも懸念しなかった。ケルンでの公演のあと、ぼくは確信しきっていた、党指導部はぼくが語ったり歌ったりしたことばを聞いてほっとしたにちがいない、と。ぼくはケルンにおいてもDDRに、社会主義を建設する試みに、味方したのだからね。ケルンでは、ぼくも後悔させるようなことは、何もなかった。

 『ND』は、かれは「反共的騒ぎ屋のむれにのみこまれた」と書いているが。

 それは思いこみであって、現実の叙述ではない。……

 あなたはこれまでも、DDR内部で影響力をもつためには西への廻り道を経てするしかなかった。今度あなたがここに来たことは、あなたをまったくソルジェニーツィン的な役まわりに追いこんだのではないか?

 その比較は誤りだ、とぼくは思う。……ソルジェニーツィンはソヴィエト社会を、社会主義建設の試みを、ヒューマニズムという標語であらわせるような態度で批判している。かれが書いたすべてのことは、ぼくの見解、ぼくの経験からすれば、また20年間スターリニストの強制収容所で生き延びたソ連邦内部のぼくの同志たちの報告からすれば、真実であり、真実以外の何ものでもない。問題はしかし、「社会主義的」と自称する社会についての悲しい真実でもって、人類のもつ唯一のチャンスである社会主義についての、危険な嘘をひろめることもありうる、という点にあるのだ。

 どこで真実をひろめるのか、という場所の問題も、あるのじゃないか?

 そのとおり。DDRの内部にいてDDRの問題に批判的な発言をするのと、資本主義的な――ぼくにいわせれば反動的な――西側にいてそうするのとでは、違う。……注意ぶかいひとにはわかったはずだが、ここへ来てのぼくのDDR社会主義にかんする政治的発言は、従来のと違っている。ぼくが今度ほど明瞭に、DDRという実験がどんなに貴重で重要なものかを、論拠と情熱とをもって強調したことは、かつてない。……
 ぼくが讃めるのは、反動的・スターリニスト的なボスたちをではない。かれらはまさに理由であって、権力を失うのではないかとおびえている。……最近、とりわけここ一年、注目すべき喜ばしい変化が生じてきた。この変化は、思うに、76年6月の労働者諸政党のベルリン会議と関連している。つまりフランス、スペイン、イタリア、その他の国の共産党が、「社会主義的デモクラシー」の方向へ、はっきりと一歩を踏み出したのだ。これは重大な変化であり、だからこそDDRの現実に、その内部のひとびとに、深刻な影響を及ぼしている。DDRのスターリニスト派が社会主義を建設するとともに――同時的に! ――妨害する、ということも、こういう歴史過程の弁証法だ。かれらは社会主義的な希望を呼びさましつつ、それを解決することがない。

 するとあなたの追放は、より民主的な社会主義を要求するDDR内部の反対派を、弱めるものなのか?

 ぼくにいわせればそれは、党指導部の大きな弱みのあらわれだ。……かれらはパニックの法則にしたがって、もっと愚行を重ねずにいられまいから、ぼくの友人たちは、かれらの復讐にさらされることになるけれども。

 あなたの出発前に、行くな、行くと戻れなくなるぞ、とあなたにいった友人はなかったのか?……

 誰も、DDRがこんなけちなやりかたでぼくを厄介払いするだろうなどとは、予想していなかった。

 ……あなたの追放は、比較的温和な処置ではないか? あなたを一時投獄する、といったことも可能だったろうし。

 それではぜんぜん言いたりない。ぼくがここ数年してきたことからすれば、とっくにぼくはコットブス監獄に、はいりっぱなしでなきゃならないところだ。もう何度もいったことだが、ぼく以外のDDRのひとたちがぼくの詩のために投獄されたのに、いまも投獄されているのに、ぼくのほうは同じ詩で稼いでいる――つまりDDRが西ドイツ・マルクでこっちから集金した、ぼくの作品の印税という廻り道をとおしてね。しかしほかのひとたちは投獄される、ぼくの詩のために。……

 あなたは、西側に腰をすえてそこからDDRを批判するような人間の状況にはおちいりたくない、といつもいっていた。

 そのとおり。

 あなたがずっとこちらにいなければならなくなる、と仮定したら、あなたはDDR批判をやめるのだろうか。……

 当然だ。いまはまだぼくはDDRの一部分であり、まだかなり長いあいだそうだろう。……

 あなたはどのようにしてDDRに、こちらからあなたの見解を伝えるつもりか?

 うれしいことにDDRの民衆は――とにかくその大部分は――ここ数日、ぼくが嘘をいっていないことを、直接耳で確かめることができた。なぜならDDRの声明がぼくの追放処分の根拠としているケルンでのぼくの演奏会は、西のテレヴィで放送されたのだからね。だからあらゆるひとが、問題についての判断を、現実の上に立って形成できるわけだ。

 あなたはDDRの左翼反対派を、過大評価しているのではないか?

 ぼくの無体な追放は、その適切な反証のひとつになる。……DDR内部で社会主義的な民主化を志向している政治勢力が強くなり、かれらの理念、ぼくも歌で表現している理念が、物質的(マテリアル)な力になってきているからなのだ、それは。
 その理念が民衆のあいだでまだ弱体だった時期には、ぼくらを社会のはしっこに放置しておくことが、まだできたのだが。……

 でもあなたは追放されており、あちらであなたの歌を歌ったり弘めたりするひとたちは、投獄されかねない。あなたはDDR内部の友人たちに、危険を冒すことを期待できるのか?

ビ それは各人がじぶんで決めることだ。誰かがそうするとすれば、それはビーアマン氏のためなんかじゃなくて、かれの理念のためだ。かれはその理念をDDRのなかで、国外に逃げたりしないで、実現しようとする。この態度は新しい。そして貴重だ。この態度が弘まれば、DDRにとって政治的に有効なものになる。そう、ポーランドの詩人イェジ・レックがいったように、自由はありふれた資本主義の商品とは違う。それは、需要がふえれば価格がさがる唯一の商品なのだ。

 ビーアマンさん、あなたは西ドイツの身分証明書をいつもらいにゆくか?

 ここにぼくの旅券があるが、これはあと3年、1979年まで、有効期限がある。そのあいだにDDRに、あの措置を撤回するチャンスがある。

 少なくともそれまでのあいだ、あなたはじぶんがDDR市民であると感じているわけか?

 少なくともそれまではね。


harutoshura at 19:05|PermalinkComments(0)ビーアマン 

2019年11月12日

ビーアマン「そして、私たちが岸辺に来たときに」①

バイロンの「マンフレッド」の途中ですが、きょうは一休み。最近、翻訳する機会があったドイツの詩人、Karl Wolf Biermann (1936-)の「Und als wir ans Ufer kammen(そして、私たちが岸辺に来たときに)」を読みたいと思います。

  Und als wir ans Ufer kamen

Und als wir ans Ufer kamen
Und sassen noch lang im Kahn
Da war es, dass wir den Himmel
Am schönsten im Wasser sahn
und durch den Birnbaum flogen
Paar Fischlein. Das Flugzeug schwamm
Quer durch den See und zerschellte
Sachte am Weidenstamm
                       - am Weidenstamm

Was wird bloss aus unsern Träumen
In diesem zerrissnen Land
Die Wunden wollen nicht zugehn
Unter dem Dreckverband
Und was wird mit unsern Freunden
Und was noch aus dir, aus mir -
Ich moechte am liebsten weg sein
Und bleibe am liebsten hier
                       - am liebsten hier.

メーレン湖

以下は、私の粗訳です。

  そして、私たちが岸辺に来たときに

そして、私たちが岸辺に来たときに
そして、また長く艀(はしけ)にすわっていたときに
そこで目にしたんだ、天が
最高に美しく水の中にあるのを
そして、ナシの木の間を通って可愛い魚のペアが
飛んでいくのを見たんだ。飛行機は湖を
横切っていって、機体は微塵にこわれていった
穏やかに、ヤナギの幹のあたりで
――ヤナギの幹のあたりで

私たちの夢の中から何が生まれるというのか
このひき裂かれた国土の中で
傷口は、閉じようなんてしちゃいない
この泥にまみれた包帯では
そして、われらが友たちとどうなるっていうんだ
そして、君の中から、私の中から、このうえ何が……
私はしたいんだ。いちばん好きな、居なくなるってことを
そして、いちばん好きな、ここに留まるってことを
――いちばん好きな、ここに

この詩は、1976年11月13日、ケルンのコンサートで曲として歌われました。舞台は、ベルリン東方の小さな町エルクナー(Erkner)にあるメーレン湖(Möllensee、面積62ヘクタール、深さ7メートル)=写真、wiki=です。

この地では、長い期間"Hausarrest(自宅謹慎)"を強いられていた、ビーアマンの友人のRobert Havemannが、妻や娘と、公安の監視下で不自由な暮らしを送っていたといいます。https://www.welt.de/

このコンサートの4日後、ちょうどかれの40歳の誕生日(11月15日)を間にはさんで、17日にDDR当局は、ビーアマンの公民権剥奪・追放を発表しました。

「1976年11月、11年ぶりに出国を許可され、11年ぶりの演奏活動を西ドイツでおこなっていたかれは、DDR当局によって、その演奏旅行をDDRにたいする「敵対的な行動」と見なされ、DDRへの再入国を拒否されたために、西にとどまるほかはなくなった」(野村修「ヴォルフ・ビーアマン 1982」)のです。


harutoshura at 17:08|PermalinkComments(0)ビーアマン 

2019年11月11日

バイロン「マンフレッド」⑪

「マンフレッド」、魔女との会話がつづいていきます。

【マンフレッド】 はてさて、自分の悲しみの核心に迫るにつれて、
他愛もない特質(さが)を誇るのあまり、
ただもう言葉をつらねてしまったが――
本筋に帰るとしよう。まだおまえには、父や母、
共寝(ともね)の女、友だち、およそ人間の絆で
結ばれている者のことを話さなかったが、
おれにそうしたものがよしあったにせよ、おれにさようなものとは思えなかった。
とはいえたった一人――

【魔女】  隠さずに――さあ。

【マンフレッド】 あのひとの顔だちはおれそっくり。眼も、
髪も、目鼻だちも、すべてが、声音(こわね)の
ひびきそのものまで、おれと生き写しといわれた。
だがすべてが一段と柔かく、美しく整えられていた。
そしてあのひともおれも同じように孤独の思いを抱いて彷(さまよ)っていた。
隠密の知識を求める心、宇宙を
把握したいという念を持っていた。そればかりではない。
そのほかにおれのおよばぬ優しい能力、
おれの持たぬ、憐れみ、微笑(ほほえみ)、涙を持っていた、
それからおれもこのひとにだけは抱いた――あの愛情というもの、
おれの持ったことのない――謙譲の徳を、持っていた。
あのひとの欠点はおれの欠点だったが――あのひとの美徳はあのひとのもの――
おれはあのひとを愛した、そして滅してしまった!

【魔女】  おまえの手でか?

【マンフレッド】 おれの手ではない、おれの心で、あのひとの心を破ってしまったのだ。
あのひとの心はおれの心をじっと見つめた、そして凋(すが)れてしまった。
おれは血を流した、あのひとの血ではない――それなのにあのひとの血は流れたのだ。
おれはそれを見ていながら――出血を止めることができなかった。

【魔女】  では、そんなことのために――
おまえ自ら蔑んでいる人間の一員のために、
おまえがわたしたちやわたしたちの身分のものと交わって
超越しようと願っている人間社会の一員のために、――
おまえは大きな知識の賜物と絶って、臆病な
人間どものもとへかえろうとするのだね――ええ、かえるがいい!

魔女

「魔女」(witch)は、超自然的な方法によって他人に災いをもたらす女妖術師。広義の妖術は、他人に対して超自然的作用により意図的に災いを及ぼす場合と、意図的ではない場合の両方を含むが、狭義の妖術 witchcraftは、後者の神秘作用だけを指し、意図的行使は邪術(sorcery)と呼ばれます。

一般には邪術を主として用いる女性をさします。とくに魔女が衆目を集めたのは、16世紀前後の魔女狩りが激しくなった時代で、そのときに処刑された者の数は数万にも及ぶといわれます。妖術師は男女双方にみられますが、女性のほうが多いとされます。伝統的社会では、規範から逸脱した者が魔女と扱われることあしばしばあります。

いま読んでいる第2幕第2場では、マンフレッドとそれをよび出したアルプスの魔女との対話のうちに、彼の経歴、性格が読者に知らされます。死なせてくれというマンフレッドの求めに対して魔女は、自分に服従を誓えば望みをかなえてやれないものでもないといいます。超自然のものの権威を認めることは彼のなし得ることではなく、彼はあうまで自分を守って屈しません。

この場面の原詩は次のとおりです。

MANFRED.  Oh! I but thus prolonged my words,
Boasting these idle attributes, because
As I approach the core of my heart's grief--
But to my task. I have not named to thee
Father or mother, mistress, friend, or being
With whom I wore the chain of human ties;
If I had such, they seem'd not such to me--
Yet there was one--

WITCH.        Spare not thyself-- proceed.

MANFRED.  She was like me in lineaments-- her eyes
Her hair, her features, all, to the very tone      200
Even of her voice, they said were like to mine;
But soften'd all, and temper'd into beauty;
She had the same lone thoughts and wanderings,
The quest of hidden knowledge, and a mind
To comprehend the universe: nor these
Alone, but with them gentler powers than mine,
Pity, and smiles, and tears-- which I had not;
And tenderness-- but that I had for her; 
Humility-- and that I never had. 
Her faults were mine-- her virtues were her own--   210
I loved her, and destroy'd her!

WITCH.  With thy hand?

MANFRED. Not with my hand, but heart-- which broke her heart;
It gazed on mine, and wither'd. I have shed 
Blood, but not hers-- and yet her blood was shed-- 
I saw, and could not stanch it.

WITCH.                      And for this-- 
A being of the race thou dost despise, 
The order which thine own would rise above, 
Mingling with us and ours, thou dost forego 
The gifts of our great knowledge, and shrink'st back 
To recreant mortality-- Away!                       220


harutoshura at 23:19|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月10日

バイロン「マンフレッド」⑩

「マンフレッド」、第2幕第2場のつづきです。魔女とマンフレッドの会話がつづきます。

魔女  もっとも力強いもの、
不可視界の支配者たちの力にあまる
願いとは?

マンフレッド  賜り物さ。
だが繰返してなんになろう。益のないことだ。

魔女  わたしはまだ聞いていない。唇を開いてさあ。

マンフレッド  それなら、まだ苦しい目を見るが、同じことだ。
おれの苦痛にものを言わせてやろう。年若いころから
おれの精神(こころ)は諸人(もろびと)と同じには歩まなかった、
人間の眼(まなこ)で大地を眺めなかった。
諸人の野心の渇きなどをおれは持たず、――
諸人の生の目的もおれは持たなかった。
おれの喜びも、悲しみも、情熱も、力も、
おれを異国人にしてしまった。形骸こそまとってはいるが、
おれは息づく肉体には共感の心を持たず、
おれをめぐる土塊(つちくれ)の人間どものなかには
誰ひとりとして――いやただひとりいるがあの女(ひと)のことは後に話そう。
つまり人々にも、人々の心にも、
おれはまるで没交渉だった。そのかわり、
おれの喜びは荒野のうちにあった、――鳥たちも
巣を築こうとしない、草ひとつ生えぬ御影石の上に虫どもの翼もはばたこうとしない、
そういう氷に閉ざされた山頂の稀薄な空気を吸うことにあった。あるいは激流に
身を投じて、谷川や大海の汐が流れるにつれて、
高まっては砕ける波のめまぐるしい
渦のままに身を転(まろ)ばせることにあった。
若年の力はこのようなことに凱歌を奏した。
あるいはまた空を歩む月や、移りかわる星の姿を、
夜もすがら追い求めた。あるいはまた
この眼がめくるめくまでにまばゆい稲妻を見はった。
あるいはまた秋風が夕べの歌をうたうとき、
散りしいた落葉に、耳傾けながら、目をこらした。
こうしたことがおれの気晴らしだった、ひとりでいるのが好きだった。
というのは人間どもが、――おれも嫌々ながらも
その一員だが、――おれの行手をよぎろうものなら、
自分が奴らのところまで堕落し、
また土塊に戻ったような気がしたからなあ。それからまた一人の
そぞろ歩きにつれて、死の洞穴に潜りこみ、
果から因の糸をたぐっては、ひからびた
骨や、髑髏や、うずたかくなった埃のうちから、
禁断きびしい結論をひきだした。それから遠い昔に
説かれて以来忘れられている学問に、
何年ものあいだ夜な夜なを過した。そして長い時と努力を、
恐ろしい試練と、苦行の結果、
おれの眼は「永遠」に精通するようになった、
なにせああいう苦行はそれ自体大気を支配し、
天地をめぐる精霊と、空間と、霊たちの住む
無限界を支配する力を持っているのだからな。
こうしておれは昔の魔術師、
ガダラで、エロスとアンテロスを、
ちょうど今おれがおまえを喚(よ)びだしたように、
泉の住居から喚びだしたあの魔術士と同じ力を獲た。――そして知識が増すにつれて、
知識への渇望が、またこの輝かしい智慧の
力と喜びへの渇望も増していって、とどのつまりは、――

魔女  何としたな。

アンテロス

「ガダラで、エロスとアンテロスを……喚びだした」というのは、哲学者ジャムブリクス。エロスとアンテロス=写真、wiki=を喚び出した物語はエウナピウス作の彼の伝記に見られます。

エロスは、ギリシア神話の愛の神で、アフロディテの子。翼をもった美男で、弓矢をもって射れば人をたちまち激しい恋の虜にするとされます。いたずら好きの、ときには残酷な神。幼児の姿をした複数の神エロテス、アモレス、プッティとなって多くの美術作品に登場します。

エロスの弟とされるアンテロスは、返愛の神。「愛に対するもの」を意味し、相互愛や同士愛の象徴とされます。恋の復讐者とすることもあります。アンテロスは、エロスの矢によって激しい片思いになった人に対して矢を放ち、双方の気持ちを通じさせるといいます。

原詩は、次の通りです。

WITCH.            What could be the quest 
Which is not in the power of the most powerful, 
The rulers of the invisible?

MANFRED.                   A boon;                     140
But why should I repeat it? 'twere in vain.

WITCH.  I know not that; let thy lips utter it.

MANFRED.  Well, though it torture me, 't is but the same; 
My pang shall find a voice.  From my youth upwards 
My spirit walk'd not with the souls of men,  
Nor look'd upon the earth with human eyes; 
The thirst of their ambition was not mine; 
The aim of their existence was not mine; 
My joys, my griefs, my passions, and my powers, 
Made me a stranger; though I wore the form,          150
I had no sympathy with breathing flesh, 
Nor midst the creatures of clay that girded me 
Was there but one who-- but of her anon. 
I said with men, and with the thoughts of men, 
I held but slight communion; but instead, 
My joy was in the Wilderness, to breathe
The difficult air of the iced mountain's top,
Where the birds dare not build, nor insect's wing 
Flit o'er the herbless granite; or to plunge 
Into the torrent, and to roll along                      160
On the swift whirl of the new breaking wave 
Of river-stream, or ocean, in their flow. 
In these my early strength exulted; or 
To follow through the night the moving moon, 
The stars and their development, or catch 
The dazzling lightnings till my eyes grew dim; 
Or to look, list'ning, on the scatter'd leaves,
While Autumn winds were at their evening song. 
These were my pastimes, and to be alone; 
For if the beings, of whom I was one,--                170
Hating to be so,-- cross'd me in my path, 
I felt myself degraded back to them,
And was all clay again.  And then I dived, 
In my lone wanderings, to the caves of death,
Searching its cause in its effect, and drew 
From wither'd bones, and skulls, and heap'd up dust,
Conclusions most forbidden.  Then I pass'd 
The nights of years in sciences, untaught
Save in the old-time; and with time and toil, 
And terrible ordeal, and such penance                180
As in itself hath power upon the air 
And spirits that do compass air and earth, 
Space, and the peopled infinite, I made 
Mine eyes familiar with Eternity,
Such as, before me, did the Magi, and 
He who from out their fountain dwellings raised 
Eros and Anteros, at Gadara, 
As I do thee,-- and with my knowledge grew 
The thirst of knowledge, and the power and joy 
Of this most bright intelligence, until--               190

WITCH.  Proceed.


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2019年11月09日

バイロン「マンフレッド」⑨

「マンフレッド」のつづき。きょうから第2幕第2場です。飛瀑かかるアルプス山中の低い谷間、そこにマンフレッドが登場します。

まだ真昼にはならぬ――天上の諸々の色合いを集めて
虹の光は急流にいまだに弓なりに架(かか)り、
まっすぐに切り立った嶮岩の表に
ゆらめく銀の延紙(のべがみ)張った柱を転(まろ)ばせ、
また泡だつ光の条々(すじすじ)を投げかけ、
黙示録に見えるあの死神のまたがる
巨大な馬、青ざめた騎馬の尾のように、
あちらこちらとその条(すじ)が揺れている。
いまこの麗わしい景観を貪り飲んでいるのは
ただおれの眼ばかり。
この甘い孤独のうちにただひとりいて、
渓流への嘆賞の念を、この地の精と
分ちあいたいものだなあ――そうだ、喚(よ)びだしてやろう。
〔マンフレッド掌に水をすくい、呪文を呟きながら水を空中に撒く。しばらくして、アルプスの魔女、渓流にかかる弓なりの虹の下から現れる。
艶美な精! 光の髪の毛と、
栄光まばゆい眼眸(まなざし)を持った精! おまえの形を借りると
永劫の生命を持つ大地の娘たちの魅力は
不純の雑物を洗い流して純化し、
この世のものでない高みに達する。
それに、母親の胸の鼓動に揺すられて
眠るみどり児の頬のようにあからひく青春の色、
また夏の薄明が蛾々たる氷河の
処女雪に残す薔薇の色あい、
天と相擁して恥じらう大地の頬の赤らみ、
こうしたものがおまえの神々しい姿を染め、
おまえの上にかかる虹の美しさを和ませている。
艶美な精! おまえの澄んだ静かな額に、
魂の静謐(せいひつ)を映しておのずからに
その不滅を示しているその額に、
おれはおまえの許しを読みとる、
「大地の子」であるこのおれがこのようにおまえを喚(よ)び、
ひとときのあいだおまえを眺めることの許しを、――
おれが呪文さえ用いれば、おまえよりももっと深い力でも
時に交わりを許してくれるのだから。

【魔女】  大地の子よ!
わたしはおまえを、またおまえに力を与える諸々の力を知っている。
わたしはまた知っている、おまえは心の多岐なる人、
善と悪との行いのともに極度なる人、
その苦悩を宿命的に担って滅ぶべき人だと。
この邂逅は予期していたが――何の用事があるのだね?

【マンフレッド】  おまえの美しさを眺めたい――他に望みはない。
大地の顔はおれの気を狂わせた、だからおれは
地中の諸々の神秘のなかに逃げこみ、地を支配する
精霊たちの住家に突き進んだのだが――
奴らもなんの助力も与えてくれなかった。おれの求めたのは
奴らの手にあまることだったのだ、いまではもう
求めようとは思わぬ。

1280px-Double-alaskan-rainbow
*wiki

「まだ真昼にはならぬ」の部分については、「この虹彩はアルプスの渓流の下流に射す日光によって形づくられる。まるで空の虹が訪問に降ってきたという感じで、すぐ手近に現れるので、そのなかに歩み入ることができる。この現象は正午までに消えてしまう」という原注があります。

虹は、雨、霧、水しぶきなど空中の微小な水滴によって太陽光線が分光されて見られる7色(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)の美しい弧。色光の屈折率の相違により現れます。太陽を真後ろにした方向に見られ、その視半径は普通見られる主虹が42〜40°、その外側にうすく見られる副虹が約54°〜50°。主虹では外側が赤、内側が紫で、副虹は反対に内側が赤となります。

原詩は次の通りです。

SCENE II A lower Valley in the Alps.-- A Cataract. Enter MANFRED.

It is not noon-- the sunbow's rays still arch 
The torrent with the many hues of heaven, 
And roll the sheeted silver's waving column 
O'er the crag's headlong perpendicular, 
And fling its lines of foaming height along, 
And to and fro, like the pale courser's tall,       100
The Giant steed, to be bestrode by Death, 
As told in the Apocalypse.  No eyes 
But mine now drink this sight of loveliness; 
I should be sole in this sweet solitude, 
And with the Spirit of the place divide 
The homage of these waters.-- I will call her.

[MANFRED takes some of the water into the palm of his hand, and flings it in the air, muttering the adjuration. After a pause, the WITCH OF THE ALPS rises beneath the arch of the sunbow of the torrent.

Beautiful Spirit! with thy hair of light, 
And dazzling eyes of glory, in whose form 
The charms of Earth's least mortal daughters grow 
To an unearthly stature, in an essence             110
Of purer elements; while the hues of youth
(Carnation'd like a sleeping infant's cheek 
Rock'd by the beating of her mother's heart, 
Or the rose tints, which summer's twilight leaves 
Upon the lofty glacier's virgin snow, 
The blush of earth embracing with her heaven)
Tinge thy celestial aspect, and make tame 
The beauties of the sunbow which bends o'er thee. 
Beautiful Spirit! in thy calm clear brow, 
Wherein is glass'd serenity of soul,               120
Which of itself shows immortality, 
I read that thou wilt pardon to a Son 
Of Earth, whom the abstruser powers permit 
At times to commune with them-- if that he 
Avail him of his spells-- to call thee thus, 
And gaze on thee a moment.

WITCH.                    Son of Earth! 
I know thee, and the powers which give thee power; 
I know thee for a man of many thoughts, 
And deeds of good and ill, extreme in both, 
Fatal and fated in thy sufferings.                 130
I have expected this-- what wouldst thou with me?

MANFRED. To look upon thy beauty-- nothing further. 
The face of the earth hath madden'd me, and I 
Take refuge in her mysteries, and pierce 
To the abodes of those who govern her-- 
But they can nothing aid me. I have sought 
From them what they could not bestow, and now 
I search no further.


harutoshura at 16:03|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月08日

バイロン「マンフレッド」⑧

 「マンフレッド」のつづき。きょうは第2幕第1場の後半です。

【羚羊の狩人】 なんとおっしゃる、おまえさまの額には中年の刻印(しるし)が
まだほとんど押されてはおりませぬのに。わしはずんと年長(としかさ)でございます。

【マンフレッド】 生きるということは時の長さによると思うのか!
なるほどそれにちがいはない。が行為が時を画するのだ。おれの行為は
おれの日々を夜な夜なを滅びのないもの、
終りなきもの、浜辺の砂のように、なべて相似たもの、
数えきれぬ原詩の群としてしまった。まるで砂浜だ、
冷たく、草木も生いず、荒波が打ちつけるのみで、
死屍(しかばね)と漂流物と、岩と、しおからい寄波の打ちあけた
苦い海草のほかは何もとどめぬ砂浜のようだ。

【羚羊の狩人】 お気の毒に! このおかたは狂っていられる――といって棄ててはおけぬ。

【マンフレッド】 狂っていたらなあ――狂っていたらこの眼の見るものは
狂った頭の夢であろうものを。

【羚羊の狩人】 いったいおまえさまは
何を御覧になっている、いやさ、御覧になると思っていらっしゃるので?

【マンフレッド】 おれ自身と、おまえ――アルプスの百姓――
おまえの謙抑な徳の数々、もてなし厚い家庭、
それから忍耐づよく、信心ぶかく、誇たかく、自由な気性。
邪気のない思いのなかに植え移された自尊の心。
健康な昼、甘睡(うまい)の夜な夜な。
男らしい危険を伴って、しかも潔白なその仕事。
愉しい老年を迎え、しずかに墓に憩う希望、――
その墓の緑の芝生の上には十字架と花輪がおかれ、
碑銘には孫たちの愛の言葉が捧げられる――
こういうものがおれには見える――そして次に中を覗きこむと――
いや、どうでもいい――おれの魂はもう焼けただれているのだ!

【羚羊の狩人】 では、おまえさまの運とわしのとを取り換えたいとおっしゃるので?

【マンフレッド】 なんの、そのような! おれはおまえに仇をしたくはないし、またおれの運を
生きているものと換えたくもない。おれは忍ぶことができる――
いかにみじめであろうと、忍ばねばならぬ――
他の者であったなら、夢に見ることもようせずに、睡(まどろ)みのうちに
息の絶えるような人生(くらし)であっても。

【羚羊の狩人】 そのように――
他人(ひと)の苦痛へゆきとどいた思いやりをされているおまえさまが、
極悪人とは受けとれませぬ――それは納得できませぬ。
やさしい心を持った人が敵(かたき)に復讐(あだ)したためしはないはず。

【マンフレッド】 いや、そうではない、そうではない、そうではないのだ!
おれが傷つけたのはおれを愛してくれた人――
おれが誰よりも愛した人。正当防衛ならかくべつ、
おれはかつて敵を挫いたことはない――
だがおれの抱擁が致命の毒だったのだ。

【羚羊の狩人】 神様がおまえさまに休息をお与えくださいますよう!
悔い改めになってお気がしずまりますよう。
おまえさまのためにお祈りをいたしますほどに。

【マンフレッド】 祈ってほしくはない!
おまえの同情はまだしもだが。出かけよう――
もういい時分だ――さらばだ!――黄金(かね)をやるぞ、たいへん世話になった――
礼にはおよばぬ――当然の酬いだから――いや、ついて来なくてよい――
道は知っている――もう山道も危なくはない。
これ、言ったではないか、ついてくるなとというのに! 〔マンフレッド退場

マンフレッド交響曲

いま読んでいるバイロンの三幕詩劇「マンフレッド」(Manfred)は、1817年刊、1824年に初演されました。ゲーテの『ファウスト』に暗示を受けての作で、バイロンの近代的自我意識を最も強烈に表現した詩人中期の代表作とされています。

舞台の設定にあるように、マンフレッドはスイスのアルプス山城に住む若い当主で、かつて恋ゆえに人妻を死に追いやった暗い罪業感に悩み、生に絶望して、静かな忘却を求めています。

彼はこれから、魔術の力を借りて天地のあらゆる精霊、妖女たちを呼び集めて「自己忘却」の道を尋ねます。しかし答えを得ることができず、しかも自殺も許されず、ついに予言の刻がきます。

つかみかかる悪魔に「もう、貴様の餌食(えじき)にはならぬ。われとわが身を破壊してきたおれだ。これからだってそうするのだ」とののしりつつ、息を引き取ることになります。

きょうのところの原詩は、次の通りです。

CHAMOIS HUNTER.  Why, on thy brow the seal of middle age
Hath scarce been set; I am thine elder far.            50

MANFRED.  Think'st thou existence doth depend on time?
It doth; but actions are our epochs: mine
Have made my days and nights imperishable
Endless, and all alike, as sands on the shore
Innumerable atoms; and one desart
Barren and cold, on which the wild waves break,
But nothing rests, save carcases and wrecks,
Rocks, and the salt-surf weeds of bitterness.

CHAMOIS HUNTER.  Alas! he's mad-- but yet I must not leave him.

MANFRED.  I would I were-- for then the things I see     60
Would be but a distemper'd dream.

CHAMOIS HUNTER.      What is it
That thou dost see, or think thou look'st upon?

MANFRED.  Myself, and thee-- a peasant of the Alps--
Thy humble virtues, hospitable home
And spirit patient, pious, proud and free;
Thy self-respect, grafted on innocent thoughts;
Thy days of health, and nights of sleep; thy toils
By danger dignified, yet guiltless; hopes
Of cheerful old age and a quiet grave, 
With cross and garland over its green turf,         70
And thy grandchildren's love for epitaph; 
This do I see-- and then I look within-- 
It matters not-- my soul was scorch'd already! 

CHAMOIS HUNTER.  And would'st thou then exchange thy lot for mine? 

MANFRED.  No, friend! I would not wrong thee, nor exchange
My lot with living being: I can bear-- 
However wretchedly, 't is still to bear-- 
In life what others could not brook to dream, 
But perish in their slumber. 

CHAMOIS HUNTER.     And with this-- 
This cautious feeling for another's pain,            80
Canst thou be black with evil?-- say not so. 
Can one of gentle thoughts have wreak'd revenge 
Upon his enemies? 

MANFRED.    Oh! no, no, no!
My injuries came down on those who loved me-- 
On those whom I best loved: I never quell'd
An enemy, save in my just defence-- 
But my embrace was fatal.

CHAMOIS HUNTER.      Heaven give thee rest! 
And penitence restore thee to thyself; 
My prayers shall be for thee. 

MANFRED.        I need them not,
But can endure thy pity. I depart--                 90
'T is time-- farewell!-- Here's gold, and thanks for thee;
No words-- it is thy due.  Follow me not;
I know my path-- the mountain peril's past:
And once again, I charge thee, follow not! [Exit MANFRED.


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2019年11月07日

バイロン「マンフレッド」⑦

「マンフレッド」のつづき。きょうから第2幕になります。第1場は、ベルン・アルプス山中の小屋。マンフレッドと羚羊の狩人が登場します。

【羚羊の狩人】 いや、いや――まだお休みにならねば――まだ出かけるのは無理です。
おまえさまの心も身体もたがいにたがいの
頼りにはならぬ様だ――少くともあと4、5時間はなあ。
快(よ)くなられたら、案内してあげます。――
だが、どちらへ?

【マンフレッド】 関わりのないことだ。おれは
道筋を十分に知っているから、これ以上案内はいらぬ。

【羚羊の狩人】 御風采御振舞からお見受けいたしますと高貴のおかた――
谷々を見下している岩山のお城にお住みになる
殿様がたのお一人でございましょうが――どのお城の
御城主様でございます? わしはただ御前様がたの御門を存じているばかり。
わしらの暮しでは、古寂びた御広間の
大きな炉ばたに温もって、御家来衆と
酒盛りをするといったこともとんとございませぬが、この山中から
皆々様の御戸口に通ずる径(みち)という径は
餓鬼の時分からそらんじております――どの径がおまえさまので?

【マンフレッド】 どうでもいいこと。

【羚羊の狩人】 これはまあ、ぶしつけなお訊ねをして申訳ございませぬ、
が、まず気をおひきたてのことを。さ、この酒をおためしください。
古い醸造(つくり)でございます。いつもながら
このおかげで氷河のさなかでも血の管が凍らずにすみました。
同じ効目をおまえさまの血の管にも、――さあ、ぐっとお飲(ほ)しください。

【マンフレッド】 ええ、とりのけろ! 縁に血が!
おや、地に――地にしみこもうとはしないな?

【羚羊の狩人】 なんとおっしゃいます? 気もそぞろでいらっしゃる。

【マンフレッド】 血だ――おれの血だ! 父(おや)や祖父(ひいおや)たちの
血管(ちくだ)を流れ、またわれらが若く
ひとつ心を持ち、道に違(たご)うた恋をかたみにしたとき、
われらのうちに流れた、混じりけのない温かい血の流れだ、
その血はこぼれた。だがなおも湧きあがってきて、
雲を紅(くれない)に染め、その雲にさえぎられておれは天から閉めだされてしまうのだ、
その天におまえはいない――そしておれも天には登れぬ。

【羚羊の狩人】 奇怪なことを言われる、罪のおそれでなかば気が狂って、
虚空のうちに物の影を見ていられる。
おまえさまの怖れ苦しみがいかようであろうと、まだ慰めがございます――
聖者さまがたのお救いと、いみじい忍苦と――

【マンフレッド】 忍苦、忍苦とん、ええい、黙れ――さような言葉は
駄獣にこそふさわしかろうが、猛禽にはあてはまらぬ。
おまえ同様の土塊(つちくれ)の人間どもに説くがよい、――
おれとおまえとは種がちがうのだ。

【羚羊の狩人】 ちがって幸せ!
ウィリアム・テルの名聞(みょうもん)とひっかえても
おまえさまの種になりたくはない。だがおまえさまの不倖(ふしあわ)がいかようであろうと、
忍んでゆかねばなりませぬ。その荒々しい悶えは無益(むやく)でございます。

【マンフレッド】 おれが忍ばぬというのか?――見ろ――おれは生きている。

【羚羊の狩人】 それは痙攣(ひきつけ)、すこやかな命とは申せませぬ。

【マンフレッド】 言ってきかせよう、な! おれはいままで多くの年月(としつき)、
長い多くの年月を生きてきた、だがその歳月も、これから迎えねばならぬ
それに比べれば物の数でもない。数代――数世代――
空間と永劫を――はげしい死の渇望を抱きながらも、
その渇きが常にみたされぬままに――目覚めながら生きてゆかねばならぬのだ!

スイス

「ベルン・アルプス」というのは、アルプスの名峰が連なるベルン州南部の高地帯のこと。ベルナーオーバーラント地方=写真、wiki=とも呼ばれます。中生層石灰岩から成り、ユングフラウ (4158m)、メンヒ (4099m)、アイガー (3970m) などの名峰や、アレッチ、グリンデルワルトなどの氷河があります。

岩のゴツゴツした山、草を食む牛の群れ、氷河、きらめく滝や小川の水しぶきなど風光明媚で交通の便がよく、登山やスキーをはじめ、春の花畑、夏の高山植物、秋の黄葉、冬の雪のきらめきと、四季折々の魅力を楽しむことができます。

1729年、アルブレヒト・フォン・ハラーが、彼のアルプス地域を経由した旅行について、詩「Die Alpen」を表しました。こうした出版がきっかけとなってオーバーラントの観光産業がスタートしました。バイロンが活躍していた1800年ごろには、トゥーン湖やブリエンツ湖にリゾートが生まれ、次第にアルプスの谷へと拡大してイギリスの観光客を引きつけるようになりました。

きょうの部分の原詩は、次の通りです。

ACT II SCENE I

CHAMOIS HUNTER.  No, no, yet pause, thou must not yet go forth: 
Thy mind and body are alike unfit 
To trust each other, for some hours, at least; 
When thou art better, I will be thy guide-- 
But whither? 

MANFRED.       It imports not; I do know 
My route full well, and need no further guidance. 

CHAMOIS HUNTER.  Thy garb and gait bespeak thee of high lineage--
One of the many chiefs, whose castled crags 
Look o'er the lower valleys-- which of these 
May call thee Lord?  I only know their portals;          10
My way of life leads me but rarely down 
To bask by the huge hearths of those old halls, 
Carousing with the vassals, but the paths,
Which step from out our mountains to their doors,
I know from childhood-- which of these is thine?

MANFRED.  No matter.

CHAMOIS HUNTER.    Well, sir, pardon me the question,
And be of better cheer.  Come, taste my wine;
'Tis of an ancient vintage; many a day
'T has thaw'd my veins among our glaciers, now
Let it do thus for thine.  Come, pledge me fairly.       20

MANFRED.  Away, away! there's blood upon the brim!
Will it then never-- never sink in the earth?

CHAMOIS HUNTER.  What dost thou mean? thy senses wander from thee.

MANFRED.  I say 't is blood-- my blood! the pure warm stream
Which ran in the veins of my fathers, and in ours
When we were in our youth, and had one heart
And loved each other as we should not love,
And this was shed: but still it rises up
Colouring the clouds, that shut me out from heaven
Where thou art not-- and I shall never be.               30

CHAMOIS HUNTER.  Man of strange words, and some half-maddening sin
Which makes thee people vacancy, whate'er
Thy dread and sufferance be, there's comfort yet--
The aid of holy men, and heavenly patience--

MANFRED.  Patience and patience! Hence-- that word was made
For brutes of burthen, not for birds of prey;
Preach it to mortals of a dust like thine,--
I am not of thine order.

CHAMOIS HUNTER. Thanks to heaven!
I would not be of thine for the free fame
Of William Tell; but whatsoe'er thine ill,          40
It must be borne, and these wild starts are useless.

MANFRED.  Do I not bear it? -- Look on me -- I live.

CHAMOIS HUNTER.  This is convulsion, and no healthful life.

MANFRED.  I tell thee, man! I have lived many years,
Many long years, but they are nothing now
To those which I must number: ages-- ages--
Space and eternity-- and consciousness,
With the fierce thirst of death-- and still unslaked!


harutoshura at 19:59|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月06日

バイロン「マンフレッド」⑥

バイロンの「マンフレッド」のつづき、舞台の下方から、羚羊の狩人が登場します。

【羚羊の狩人】  ちょうど
こっちの方だな、羚羊が跳んでいったのは。すばやい足で
まんまと裏をかかれた。今日の獲物では、
頸っ骨を折りかねない苦労のつぐないにはなりかねる。――や、これは何だ?
仲間の者とは思われぬが、
いっち腕ききの猟師ならいざ知らず、
わたしたち山人でも、
とどききらぬ高処(たかみ)に登っている。着物は
上等で、面構(つらがま)えも男らしい、遠目に見ても、
自由民の百姓のように誇らしい身ごなしだ。
どれ近よってみよう。

【マンフレッド】  このようにして――
苦痛で髪が白くなり、まさしくこの、風にいためられた松の木と同じこと、
冬一冬の破(や)れ屑、皮も削がれ枝も落ち、
呪われた根の上に枯れた幹を突っ立てて、ただもう滅びゆくものの哀れさをそそぐにすぎない――
このように、永久にこのようでなければならぬのか、
楽しい頃もあったというのに! 年々でなくて、
時々刻々に、額は皺で刻まれ、
一時間(いつとき)一時間が、拷問苛責にかけられて、
一世(ひとよ)一代にも思われる!――ああ、落ちかかっている氷の岩よ!
息ひとつでどうと落ちてくる雪崩よ! おれを押し潰してくれ!
頭上に足下におまえたちが絶えず
ぶつかりあい凄じい響をたてて
崩れ落ちるのが刻々に聞える。だがおまえたちはおれを避けて、
まだ生きたいと願っているものの上にのみ落ちる。
若い盛りの森や、罪のない村人の
小屋や部落の上に落ちかかってゆく。

【羚羊の狩人】 霧が谷から立ちのぼりはじめた。
あの人に降りるよう注意してやろう、道に迷いでもすれば
命もなくしてしまうからなあ。

【マンフレッド】 霧が氷河のめぐりにたぎりのぼってくる。
雲が足もとから烈しく巻きあがってくる、白く硫黄臭く、
ちょうど地獄の底の海が荒れたって、
亡者どもが小石のように積み重なっている
岸辺に、打寄せる波の泡沫(しぶき)のようだ。――ああ、目まいがする。

【羚羊の狩人】 念を入れて近よらなくてはなるまい。近づいてから、
だしぬけに足音をたてたらびっくりするにちがいない、なにせいまでも
よろよろしているからなあ。

【マンフレッド】 山々は落ちていった、
そのあと雲間に空間を残し、兄弟なるアルプスの
山々を揺り動かしながら。破壊の破片で
豊かな緑の谷間を埋めつくし、
どうと落ちて川の流れをせきとめ、
川の水は霧となって飛び散り、
その源は他の水路をとらねばならなくなった――このように、
ちょうどこのようにして、年老いたローゼンベルクの山は――
ああなんでおれはあの下に立ってはいなかったのか?

【羚羊の狩人】 そこの方! 気をつけんと、
いま一歩踏み出せば命にかかわりますぞ!――あんたをお創りになった
神様の愛にかけても、そんな緑にお立ちでない!

【マンフレッド】 (相手の声が耳に入らず)そうすればこの身に恰好の墓であったのに。
おれの骨は雪崩の下深く、しずかに眠れたのに。
こんなふうに、風の手弄みになって、岩々の上に
吹き散らされずにすんだものを――こうして――こう一跳びすれば――
そうなってしまうのだ――開闊な天よ、さらばだ!
そう咎めるようにおれを見てくれるな――
おまえはおれの役にはたたなかったのだ――地よ、この身体を受けとってくれ!
  〔マンフレッドが崖から跳ぼうとするとき、羚羊の狩人はやにわに彼を捕えて引きとめる。

【羚羊の狩人】 待て、気違いめ!――自分の暮しに愛想がつきようとも、
罪深い血でこの清浄な谷を穢(けが)すのは許されぬ。
わしと来い――この手はゆるめぬぞ。

【マンフレッド】 心の臓が苦しくてならぬ――そうせずに、離してくれ――
おれは弱りきっていっる――まわりに
山々が旋風(つむじ)のように駆けめぐる――眼が見えぬ――おまえは何故だ?

【羚羊の狩人】 それはすぐに話してあげる――まあ、わしとおいでなされ――
雲が濃くなってきた――さあ――こう倚りかかって――
ここに足をおいて――さ、この杖をついて、その木に
ちょっとつかまってな――ほれ手を貸して、わしの帯をしっかり握って――ゆっくりと――そうそう――
一時間もすれば牧場小屋につきます。
さあこちらへ――じきもっとしっかりした足場のところに出ます、
冬になってから谷川の水に洗い流されてしまったが、
申しわけばかりの小径(こみち)もあるはずです――ほう、見事な足どりだ――
狩人にしてもはずかしくない――ま、わしのあとについてきなさい。
  〔二人が難渋しながら岩地をくだるうち、幕閉じる。 

アンテロープ

「羚羊」(レイヨウ)=写真、wiki=は、アンテロープの別名。哺乳綱偶蹄(ぐうてい)目ウシ科のうちで、ウシ類、カモシカ類、ヤギ類、ヒツジ類を除いたものの総称です。

多くはアフリカの草原、砂漠、ときに森林にすみます。ほとんどが植物食で、多くは早朝と夕暮れに食物をあさります。ジャイアントイランド(肩高175センチ、体重450~900キロ)から、ローヤルアンテロープ(肩高25~30センチ、体重3.5キロ)まで大きさはさまざま。

体は走るのに適応し、胴と足が細く、くびが長く、頭を高く保っています。ひづめは小さく、体毛は短く、美しい色をしています。角は雌雄にあるものと、雄だけにあるものとあり、形はコルクの栓抜き状に巻いたものや、竪琴形、槍形、スパイク形、サーベル形など変化に富んでいます。種類は100種を超えます。

古代オリエントを中心に、ナツメヤシなど1本の樹木とその両側にそれぞれ一頭のレイヨウ類が描かれる図が数多くみいだされています。レイヨウの角は、医学と魔術の象徴として尊重されたり、キリスト教徒が持っている2本の霊的な武器(旧約聖書と新約聖書)のシンボルとして用いられることもあるそうです。

原詩は下記の通りです。 

CHAMOIS HUNTER.               Even so
This way the chamois leapt: her nimble feet
Have baffled me; my gains to-day will scarce
Repay my break-neck travail. -- What is here?             320
Who seems not of my trade, and yet hath reach'd 
A height which none even of our mountaineers 
Save our best hunters, may attain: his garb 
Is goodly, his mien manly, and his air 
Proud as a freeborn peasant's, at this distance -- 
I will approach him nearer.

MANFRED (not perceiving the other).  To be thus-- 
Gray--hair'd with anguish, like these blasted pines,
Wrecks of a single winter, barkless, branchless,
A blighted trunk upon a cursèd root 
Which but supplies a feeling to decay --                 330
And to be thus, eternally but thus,
Having been otherwise! Now furrowed o'er 
With wrinkles, plough'd by moments, not by years 
And hours -- all tortured into ages -- hours 
Which I outlive! -- Ye toppling crags of ice! 
Ye avalanches, whom a breath draws down 
In mountainous o'erwhelming, come and crush me! 
I hear ye momently above, beneath, 
Crash with a frequent conflict, but ye pass,
And only fall on things that still would live;           340
On the young flourishing forest, or the hut 
And hamlet of the harmless villager.

CHAMOIS HUNTER. The mists begin to rise from up the valley; 
I'll warn him to descend, or he may chance 
To lose at once his way and life together.

MANFRED. The mists boil up around the glaciers; clouds 
Rise curling fast beneath me, white and sulphury,
Like foam from the roused ocean of deep Hell,
Whose every wave breaks on a living shore 
Heap'd with the damn'd like pebbles.-- I am giddy.       350

CHAMOIS HUNTER. I must approach him cautiously; if near 
A sudden step will startle him, and he 
Seems tottering already.

MANFRED.             Mountains have fallen, 
Leaving a gap in the clouds, and with the shock 
Rocking their Alpine brethren; filling up 
The ripe green valleys with destruction's splinters; 
Damming the rivers with a sudden dash, 
Which crush'd the waters into mist, and made 
Their fountains find another channel-- thus, 
Thus, in its old age, did Mount Rosenberg--              360
Why stood I not beneath it?

CHAMOIS HUNTER.              Friend! have a care,
Your next step may be fatal!-- for the love 
Of him who made you, stand not on that brink!

MANFRED. (not hearing him).  Such would have been for me a 
            fitting tomb;
My bones had then been quiet in their depth;
They had not then been strewn upon the rocks 
For the wind's pastime-- as thus-- thus they shall be-- 
In this one plunge.-- Farewell, ye opening heavens! 
Look not upon me thus reproachfully-- 
Ye were not meant for me-- Earth! take these atoms!      370

[As MANFRED is in act to spring from the cliff, the CHAMOIS
HUNTER seizes and retains him with a sudden grasp.

CHAMOIS HUNTER.  Hold, madman!-- though aweary of thy life,
Stain not our pure vales with thy guilty blood!
Away with me-- I will not quit my hold.

MANFRED. I am most sick at heart-- nay, grasp me not--
I am all feebleness-- the mountains whirl
Spinning around me-- I grow blind-- What art thou?

CHAMOIS HUNTER. I'll answer that anon.-- Away with me!
The clouds grow thicker-- there-- now lean on me--
Place your foot here-- here, take this staff, and cling
A moment to that shrub-- now give me your hand,          380
And hold fast by my girdle-- softly-- well-- 
The Chalet will be gain'd within an hour.
Come on, we'll quickly find a surer footing,
And something like a pathway, which the torrent
Hath wash'd since winter.-- Come, 'tis bravely done;
You should have been a hunter.--  Follow me.

[As they descend the rocks with difficulty, the scene closes.


harutoshura at 21:34|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月05日

バイロン「マンフレッド」⑤

「マンフレッド」のつづき。きょうから第2場(SCENEⅡ)です。舞台はユングフラウ山中で、朝、マンフレッドがただ一人断崖の上にいます。

おれの喚(よ)び起した精霊たちはおれを見棄て、
おれが学んだ呪術はおれを裏切り、
期待した療法はおれをさいなんだ、
もう人間を越えた助けにはすがるまい。
それは過去には何の力も持たぬし、未来はといえば、
過去が闇に呑み込まれてしまうまでは、
おれの探索の対象にはならぬ――ああ、母なる大地よ!
そして昧爽(まいそう)の日よ、また、おまえたち山々よ、
なぜにおまえたちはこうも美しいのか。おれには好きにはなれない。
それからおまえだがな、万物の上に見開き、
万物にとって喜びの、宇宙の輝かしい瞳よ、
――そのおまえもおれの心を照らしてはくれない。
それからおまえたち、嶮(そば)だつ岩よ、おまえの
突端におれはいま立っていて、はるか眩(めくる)めく脚下には
谷川の流れのふちに丈の高い松の木立が
あるで草藪のように縮んで見える。ひととびで、
身じろぎひとつ、動きひとつ、いや息ひとつで、
おれの胸はあの峨々たる岩の懐(ふところ)に抱かれて、
永久に眠ることができよう――なぜえためらうのか。
おれは衝動を感ずる――それでいて跳びこまない。
危険はわかっている――それでいて後にはひけない。
そして頭は渦まいているのに――足はしっかりしてる。
なにかおれを引き止める力が働いていて、
おれをあくまで生きさせようとする、――
もしこの不毛の魂を身うちに抱いて、
われとわが身の魂の墳墓となるのが、
生だというのならば――というのも
自分の行いをみずから是認することだけは、
あの悪の究局の弱みだけは、願いさげにしてあるからだ。ああ、
おまえ、翼で雲を掻きわけてゆくもの、
  〔一羽の鷲が飛びすぎる。
おまえは楽しげに飛んで天のきわみまで翔(か)け入るのに、
こうしていまおれの身近に舞いおりてきたのも無理はないな――おれは
おまえの餌食となり、おまえの子鷲どもの腹を充すだろうからな。ああ、もうおまえは
遠いはてまで飛び去って、この眼は追うことはできぬ。それにひきかえおまえの
眼は鋭い透視力で、下方を、
前方を、また上方を見貫く。美しいなあ!
なべてこの見える世界はなんという美しさだ!
その働きは、それ自体の姿はなんという輝かしさだ!
ところが我ら、みずから万有に君臨すると称している我らは、
なかば塵埃、なかば神社、沈潜するにも飛翔するにも
いずれも適さず、その不純な成分のため
身を戦いの場(にわ)とし、卑しい欲望と
高貴な意志がせめぎあい、
堕落と矜持の息を吐きだしながら、
命数の尽きるまで暮さねばならない、
そして人間とは――その本性をみずからにうべなうのも恥ずかしい存在であり、
またたがいに他人に示すのを憚る存在なのだ。おや、楽の音が聞える、〔遠くに羊飼の笛の音が聞える。
山に生うた芦の自然の調べ――
なにせこのあたりでは家長政治の時代も
まだ昔話になっていないのだからなあ――笛の音が自在に大気に流れ、
さまよう羊の群の甘い鈴音とまじりあっている。
おれの魂にあの反響(こだま)が吸いこめたらなあ。ああこの身が、
眼に見えぬ美しい楽音の精、
生きている声、呼吸(いき)づく諧調、
肉体のない歓楽であってくれたらなあ――そしてみずからをつくっている
祝福された調べとともに生き死ぬ身であったならなあ!

Jungfrau03

マンフレッドがいる「ユングフラウ」=写真、wiki=は、スイス南部、ベルン州とバレー州の境界にあるアルプス山脈ベルナーオーバーラント中の高峰です。標高 4158m。山名は「若い女性」を意味します。

1811年にスイス人のマイヤー兄弟がバレー側から登頂に成功。 65年にはイギリス人 G.ヤングと H.ジョージがインターラーケン側から、1927年には2人のガイドが南側から頂を極めています。 

1912年には、ヨーロッパで最も高いところを走るユングフラウ鉄道がクライネシャイデックからアイガー (3970m) やメンヒ (4099m) の峰々の下をトンネルで抜け、ユングフラウヨッホ (3454m) まで開通しました。

原詩は、次の通りです。

The Mountain of the Jungfrau. -- Time, Morning.--
MANFRED alone upon the Cliffs.

MANFRED. The spirits I have raised abandon me,
The spells which I have studied baffled me,
The remedy I reck'd of tortured me;
I lean no more on super-human aid,
It hath no power upon the past, and for
The future, till the past be gulf'd in darkness,
It is not of my search. -- My mother Earth!
And thou fresh breaking Day, and you, ye Mountains,
Why are ye beautiful?  I cannot love ye.                  270
And thou, the bright eye of the universe
That openest over all, and unto all
Art a delight -- thou shin'st not on my heart.
And you, ye crags, upon whose extreme edge
I stand, and on the torrent's brink beneath
Behold the tall pines dwindled as to shrubs
In dizziness of distance; when a leap,
A stir, a motion, even a breath, would bring
My breast upon its rocky bosom's bed
To rest forever -- wherefore do I pause?                 280
I feel the impulse--yet I do not plunge;
I see the peril -- yet do not recede;
And my brain reels -- and yet my foot is firm.
There is a power upon me which withholds,
And makes it my fatality to live;
If it be life to wear within myself
This barrenness of spirit, and to be
My own soul's sepulchre, for I have ceased
To justify my deeds unto myself --
The last infirmity of evil.  Ay,                       290
Thou winged and cloud-cleaving minister,     [An eagle passes.
Whose happy flight is highest into heaven,
Well may'st thou swoop so near me -- I should be
Thy prey, and gorge thine eaglets; thou art gone
Where the eye cannot follow thee; but thine
Yet pierces downward, onward, or above,
With a pervading vision. -- Beautiful!
How beautiful is all this visible world!
How glorious in its action and itself!
But we, who name ourselves its sovereigns, we,       300
Half dust, half deity, alike unfit
To sink or soar, with our mix'd essence make
A conflict of its elements, and breathe
The breath of degradation and of pride,
Contending with low wants and lofty will,
Till our mortality predominates,
And men are what they name not to themselves,
And trust not to each other.  Hark! the note,
                  [The Shepherd's pipe in the distance is heard.
The natural music of the mountain reed 
(For here the patriarchal days are not               310
A pastoral fable) pipes in the liberal air,
Mix'd with the sweet bells of the sauntering herd;
My soul would drink those echoes. -- Oh, that I were
The viewless spirit of a lovely sound,
A living voice, a breathing harmony,
A bodiless enjoyment -- born and dying
With the blessed tone which made me!


harutoshura at 12:32|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月04日

バイロン「マンフレッド」④

「マンフレッド」のつづき。「ああ、もうだめだ!」と言ってマンフレッドは気を失って倒れます。そして、一つの声が聞えてきて次の呪文を唱えます。

月が波間に輝き、
蛍は草葉に露を吸い、
隕石塚の上に落ち、
鬼火は沼地に燃える。
流れ星尾をひき、
ふくろ烏呼びかわし、
音なき木々の葉は、
丘の蔭にしずもる、
かかるとき、わが魂は力と徴表(しるし)を持って、
おまえの魂を訪(おとな)おう。

まどろみはいかに深くても
おまえの霊は眠れまい。
消えることのない影があり、
追い払い得ぬ思いがある。
おまえの知り得ぬ力のゆえに、
おまえは孤りになれない。
経かたびらに身を包まれて
雲間に埋められたもののように、
おまえは永遠(とわ)にこの呪力に
縛られて暮さねばならぬ。

過ぎゆく姿こそ見えぬが、
おまえの眼は感ずるはずだ、
昔もいまもかわらずに、
おまえの身辺にいるおれを。
だがあのひそやかな畏怖(おそれ)におののいて
おまえが頭(こうべ)をめぐらしても、
影法師ならぬおれが
見えないので審(いぶか)しがる、
そしておまえが感ずる力こそは
おまえが隠さねばならないものとなるのだ。

魔法の声と詩(うた)とは
いまおまえを呪いで洗礼しおわった。
大気の精がおまえを
罠でとりまいてしまっている。
風のうちに声があって
おまえに喜びを禁ずるだろう。
そして夜空もおまえには
あらゆる静けさを拒み、
昼は輝く陽があるけれど、
おまえは日の終ることを願うであろう。

おまえの偽りの涙を煮て
おれは殺戮の香油をつくった。
次におまえの心の臓から
真黒な泉に湧く黒血をしぼった。
おまえの微笑(ほほえみ)からは蛇をさらってきた、
藪にでもいるようにとぐろを巻いていたのだ。
おまえの唇からは妖(あや)かしの力をひき出した、
これをすべてに害毒を与えるそのもとを。
この世の毒という毒をためしてみたが、
いちばんの猛毒はおまえのだとわかった。

おまえの冷やかな胸、蛇の微笑(ほほえみ)、
測り知られぬたくらみの淵、
神妙至極に見える眼眸(まなざし)、
閉じてあかさぬ魂の偽善、
おまえの心を人並と通用させる
水ももらさぬ手ぎわのほど、
他人の苦痛を嬉しがる
カインの兄弟分のその心底、
それらにかけて、いま宣告する!
おまえ自身をおまえの地獄にしてやる!

そしておまえの頭上に瓶を傾け、こうして薬を注いで、
この試練におまえを投じてやる!
以後おまえはまどろむことも、
死ぬことも許されぬ宿命なのだ。
死はいつも手がとどきそうに見えるが、
恐ろしいので間近に見えるだけだ。
見よ、いま呪力はおまえのまわりに働き、
音をたてぬ鎖がおまえを縛った。
おまえの胸と頭ともどもの上に
宣告はくだされたのだ――衰(ほろ)びうせろ!

カイン

きょうの場面に出てくる「カイン」(Cain)は、『創世記』4章に記されているアダムとイブの長子です。ヤハウェがカインの捧げた農産物の供物よりも弟アベルの捧げた動物犠牲のほうを喜んだのをねたんでアベルを殺害しました。

この罪によって、カインは罰として定住していた土地より追われ、放浪の旅に出ました。その後、ノドの地に住み、子孫のトバルカインは青銅や鉄を鍛える者となりました。
この物語は人類最初の殺人として記されていますが、定住民の側からすると、カインという名で示されている部族がいかにして遊牧の民となるにいたったかの経緯を示していると考えられます。

その部族はケニ人であるともいわれ、また、別の解釈によれば、カインは都市建設者であり、古代における鍛冶技術者の組合ともされています。

原詩は以下の通りです。

When the moon is on the wave,
  And the glow-worm in the grass,
And the meteor on the grave,
  And the wisp on the morass; 
When the falling stars are shooting, 
And the answer'd owls are hooting, 
And the silent leaves are still 
In the shadow of the hill, 
Shall my soul be upon thine,                      200
With a power and with a sign.

Though thy slumber may be deep,
Yet thy spirit shall not sleep;
There are shades which will not vanish,
There are thoughts thou canst not banish;                   
By a power to thee unknown,
Thou canst never be alone;
Thou art wrapt as with a shroud,
Thou art gather'd in a cloud;
And forever shalt thou dwell                        210
In the spirit of this spell.

Though thou seest me not pass by,
Thou shalt feel me with thine eye
As a thing that, though unseen,
Must be near thee, and hath been;
And when in that secret dread
Thou hast turn'd around thy head,
Thou shalt marvel I am not
As thy shadow on the spot,
And the power which thou dost feel                 220
Shall be what thou must conceal.

And a magic voice and verse
Hath baptized thee with a curse;
And a spirit of the air
Hath begirt thee with a snare;
In the wind there is a voice
Shall forbid thee to rejoice;
And to thee shall Night deny
All the quiet of her sky;
And the day shall have a sun,                       230
Which shall make thee wish it done.

From thy false tears I did distil
An essence which hath strength to kill;
From thy own heart I then did wring
The black blood in its blackest spring;
From thy own smile I snatch'd the snake,
For there it coil'd as in a brake;
From thy own lip I drew the charm
Which gave all these their chiefest harm; 
In proving every poison known,                      240
I found the strongest was thine own.
By thy cold breast and serpent smile, 
By thy unfathom'd gulfs of guile, 
By that most seeming virtuous eye, 
By thy shut soul's hypocrisy; 
By the perfection of thine art 
Which pass'd for human thine own heart; 
By thy delight in others' pain, 
And by thy brotherhood of Cain, 
I call upon thee! and compel                         250
Thyself to be thy proper Hell!

And on thy head I pour the vial 
Which doth devote thee to this trial;
Nor to slumber, nor to die, 
Shall be in thy destiny;
Though thy death shall still seem near 
To thy wish, but as a fear;
Lo! the spell now works around thee, 
And the clankless chain hath bound thee;
O'er thy heart and brain together                   260
Hath the word been pass'd -- now wither!


harutoshura at 12:59|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月03日

バイロン「マンフレッド」③

「マンフレッド」のつづき。マンフレッドと精霊たちとの会話になります。

【マンフレッド】 忘れたいのだ――

【第一の精霊】 何を――誰を――何故に?

【マンフレッド】 おれのうちにあるものを。この胸のうちを読んでくれ――
知っているはずだ、おれの口からは言えぬ。

【精霊】 おまえにやれるのは我らの持っているものだけだ。
臣下を、主権を、地上を支配する力を――
その全部でも、また一部でも――あるいは我らの宰領下にある元素を
自在にする徴表(しるし)を、望むがいい、――そのひとつびとつすべてを
おまえのものにしてやろう。

【マンフレッド】 忘却を、自己忘却をくれ!
おまえたちの持っている尽きることなき秘密の領域、
そこからおれの欲するものをもぎとってくることはできないのか?

【精霊】 それは我らの力の関せぬところ、我らの技倆のおよばぬところだ。
だが――おまえは死ぬことはできる。

【マンフレッド】 死は望みをかなえてくれようか?

【精霊】 我らは不死のもの、忘れるすべを持たぬ。
我らは永遠なるもの、我らにとっては
過去も、また未来も、現存する。おわかりかな?

【マンフレッド】 ええ、愚弄しおる――だが、おまえたちをここに連れてきた
力によっておまえたちはおれの自由だ。奴隷たちめ、おれの意志をあなどるな!
心、精神、プロメシュウスの火花、
おれの存在の稲妻は、おまえたちのに劣らず
輝き、瀰漫(びまん)し、遠く達して、
たとえ土塊(つちくれ)の形骸に蟄していようと、おまえたちのに屈しはせぬ。
答えをせぬか、おれの手並を見せてやるぞ。

【精霊】 なんべん答えても同じことです。あなたは
我と我が身にその返事をしているのになあ。

【マンフレッド】 という意味は?

【精霊】 もしも、あなたの言われたように、
あなたの本体も我々のも同じだとすれば、
さきほど申しあげたのが御返事になっているのです、人間が
死と呼んでいるものは我々には何の縁もないのです。

【マンフレッド】 それではおまえたちをその領分から呼びだしたのもむだだったな。
おまえたちはおれを助けることができぬ、助けようともせぬ。

【精霊】 持っているものなら差上げる。あなたのものです。
我々に暇を出すまえにお考えになって、もう一度望みをおっしゃるのですな。
王国でも、統治権でも、揺がぬ御世の万歳でも――

【マンフレッド】 何を言う! 万の歳がおれにとって何になる?
今でも長すぎて困っているのだ。――ええ、もう出て失せろ!

【精霊】 まあお待ちなさい、ここに来たからには、なんとかお役にたたなくては。
よくお考えになってください。我々が差しあげられるもので
値うちがあるとお考えのものはもうないのですか?

【マンフレッド】 いいや、ない。だが、待ってくれ――別れるまえにほんの瞬間だけ、
顔と顔をつきあわせておまえたちを見たい。
おまえたちの声は聞える、水の面(も)を渡る
楽の音(ね)のように、甘く物悲しい響だ。それから
冴えた大きな星が一つじっと動かずにいるのが見える。
それきりだ。一人でも全部(みんな)でもよい、
そのままの、日頃の姿で、傍に寄って来てくれ。

【精霊】 地水火風の元素、我々はその心核であり原質ですが、
その元素以外には我々には形はないのです。
だが何かお好みの形がありますか――その姿をとって現れてみましょう。

【マンフレッド】 おれは好みを持たない。おれにとってこの地上に
いとわしい形とか美しい形とかはないのだ。
おまえたちのうち最も強い者が、自分に最もふさわしいと思う
姿をとって見せてくれ――さあ!

【第七の精霊】 (美女の姿で現れる)御覧!

【マンフレッド】 ああ、思いもかけない! 真実(まこと)、
おまえが気の迷い、佯りでないのなら、
おれもまだこの上なく幸せになれるのだが。抱いてやるぞ、
そしておれたちは再び――
  〔姿消えうせる。
   ああ、もうだめだ!
  〔マンフレッド気を失って倒れる。

プロメテウスの火

ここに出てくる「プロメシュウスの火花」は、ギリシア神話でプロメテウスが人類にもたらした火。強大でリスクの大きい科学技術の暗喩として用いられています。

プロメテウス(プロメシュウス)は、ギリシア神話のティタン神族の1人で、アトラスやエピメテウスの兄弟にあたります。ティタン神族とオリンポス神族が覇権を争ったとき、プロメテウスは世界の支配権がゼウスに帰することを予見して彼に味方しました。
そのため、敗れたティタンたちが大地の奥底タルタロスに投げ込まれても、彼だけは神々や人間たちと自由に往来することを許されました。しかし、やがて悲惨な状態にある人間に深く同情するようになったプロメテウスは、人間に対して容赦のないゼウスと対立するようになりました。

犠牲の牛を神々と人間で分け合う方法を決めるときも、プロメテウスが天上の火を盗み出して人間に与えたときも、ゼウスは痛いめにあいました。当時の人間は火をもたず、したがって夜は暗闇のなかで野獣を恐れ、火を用いて食物を料理することも知らなかったので、彼は大茴香(オオウイキョウ)の茎の中に天上の火を隠して地上へもたらしたといいます。

さらにプロメテウスは、人間が生きていくために必要な知恵と技術を教えて、まさしく人類の文化の恩人でした。しかし、ここに至ってついにゼウスはプロメテウスと人間に対して仕返しをします。つまり、人間の最初の女パンドラをつくってエピメテウスのもとへ連れてゆき、人間にあらゆる災いをもたらすとともに、プロメテウスを遠いコーカサスの岩山に鎖でつないで大鷲に彼の肝臓を食わせ、夜の間にふたたび肝臓が元どおりに回復するという絶えることのない苦痛を与えました。長い年月ののち、旅の途中のヘラクレスが大鷲を射落としてプロメテウスを救い出し、やがてゼウスとプロメテウスは和解します。

人間はプロメテウスから火を与えられて幸福になったかというと、あながちそうとは言えず、高度な文明とともにに争いや苦難も持つようになったということになります。原子力は、しばしば「プロメテウスの火」に喩えられます。

2011年3月に福島第一原発で起きた原発事故のように、人間の力では制御できない高いリスクを持ち、制御しとおせたとしても、オンカロのように人間の尺度を越えた膨大な時間の管理が必要となります。そのような技術でありながら、発電という面においては半ば欠かすことができない技術となっているからです。

きょうの場面の原詩は、次のようになります。


MANFRED. Forgetfulness--

FIRST SPIRIT. Of what-- of whom-- and why?

MANFRED. Of that which is within me; read it there--
Ye know it, and I cannot utter it.

SPIRIT. We can but give thee that which we possess:
Ask of us subjects, sovereignty, the power              140
O'er earth, the whole, or portion, or a sign 
Which shall control the elements, whereof 
We are the dominators,-- each and all, 
These shall be thine.

MANFRED. Oblivion, self-oblivion--
Can ye not wring from out the hidden realms 
Ye offer so profusely what I ask?

SPIRIT. It is not in our essence, in our skill; 
But-- thou mayst die.

MANFRED. Will death bestow it on me?

SPIRIT. We are immortal, and do not forget; 
We are eternal; and to us the past                   150
Is, as the future, present. Art thou answered?

MANFRED. Ye mock me-- but the power which brought ye here 
Hath made you mine. Slaves, scoff not at my will! 
The mind, the spirit, the Promethean spark, 
The lightning of my being, is as bright, 
Pervading, and far-darting as your own, 
And shall not yield to yours, though coop'd in clay! 
Answer, or I will teach you what I am.

SPIRIT. We answer as we answer'd; our reply 
Is even in thine own words.

MANFRED. Why say ye so?                160

SPIRIT. If, as thou say'st, thine essence be as ours, 
We have replied in telling thee, the thing 
Mortals call death hath nought to do with us.

MANFRED. I then have call'd ye from your realms in vain; 
Ye cannot, or ye will not, aid me.

SPIRIT. Say; 
What we possess we offer; it is thine: 
Bethink ere thou dismiss us, ask again-- 
Kingdom, and sway, and strength, and length of days-- 

MANFRED. Accursèd! what have I to do with days? 
They are too long already.-- Hence-- begone!            170

SPIRIT. Yet pause: being here, our will would do thee service;
Bethink thee, is there then no other gift 
Which we can make not worthless in thine eyes? 

MANFRED. No, none: yet stay-- one moment, ere we part-- 
I would behold ye face to face. I hear 
Your voices, sweet and melancholy sounds, 
As music on the waters; and I see 
The steady aspect of a clear large star; 
But nothing more. Approach me as ye are, 
Or one, or all, in your accustom'd forms.             180

SPIRIT. We have no forms, beyond the elements 
Of which we are the mind and principle: 
But choose a form-- in that we will appear. 

MANFRED. I have no choice, there is no form on earth 
Hideous or beautiful to me. Let him, 
Who is most powerful of ye, take such aspect 
As unto him may seem most fitting.-- Come!

Seventh spirit (appearing in the shape of a beautiful female
figure).  Behold!

MANFRED. Oh God! if it be thus, and thou
Art not a madness and a mockery
I yet might be most happy--I will clasp thee,              190
And we again will be-- 
  [The figure vanishes.
        My heart is crushed!   
        [MANFRED falls senseless.


harutoshura at 13:09|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月02日

バイロン「マンフレッド」②

「マンフレッド」のつづき。きょうは、第一から第七まで、七つの精霊が登場します。

【第一の精霊】  
人間よ、おまえの指図でやってきた。
黄昏の呼吸(いき)が築き成し、
夏の入日が瑠璃と
真紅を溶かして飾った
天蓋の下の、雲の間の
わが館から馳せ参じた。
おまえの願いの程は知らぬが、
星の光にまたがって、
おまえの呼び出しに応じて来た。
人間よ――いったい何が望みかね!

【第二の精霊の声  
モン・ブランは山の王様。
はるか昔に岩の玉座で、
雲の衣装を身にまとって、
雪の冠を戴いた。
腰のめぐりに森の帯しめ、
手には雪崩を抱いている。
あたりどよめくその雪球も
おいらの指図がなければ落ちない。
氷河の冷たい塊は
休まず日毎に前へと進むが、
動いてゆくのも、おいら次第だ。
それがしこそはこの地の精、
山にお辞儀をさせるのも、洞ある
山麓(もと)まで揺ってやるのも、朝飯前だが――
そのおいらに何の用かね?

【第三の精霊の声】  
青い海原、水の底、
波のせめぐこともなく、
風も絶えて訪(おとな)わぬ、
海蛇は生を楽しみ、
人魚は貝の殻をもて
緑なす髪をよそおう、
その水底に海の面の
嵐のごとく呪文ぞひびきぬ。
静けき珊瑚の宮居の上に
深き反響転(まろ)び来りぬ――
大渡津海の精なる我に
汝(なれ)が望みを聴かせませ!

【第四の精霊】  
地震が焔を枕にして
まどろみ臥しているところ、
瀝青(ちやん)の湖(うみ)が煮えたって
たぎり奔騰しているところ、
アンデスの山々の頂きが
天翔けるように聳えたち、
その根が地中にあくまで深く
突き入っているところ、
その誕生の地を去って
命に応じてまいりました――
呪文でわたしは打ち負けされた、
おいいつけどおりいたします!

【第五の精霊】  
私は風の騎手(のりて)で、
嵐の元締です。
おき去りにしてきた疾風(はやて)の奴は
まだ稲妻で身がほてっています。
いそいで参上いたそうと、浜辺も海も
風にまたがって飛んできました。
威勢よく走っている船団に逢いましたが、
なあに夜明け前に沈んでしまいまさあ。

【第六の精霊】  
おれの住居は夜の蔭だというのに、
なんで魔術で光なんぞ使って苛めるんだね?

【第七の精霊】  
おまえの運勢を支配する星は
大地の生れるまえ、おれが支配していた。
およそ太陽をめぐる天体のうちで
あれほど水々しく美しい星はなかった。
自由で規則正しい軌道をたどっていて、
空にあんなにきれいな星が現れたことはなかった。
寿命が尽きて――それはあてどなく彷(さまよ)う
形のない炎の塊となり、
行先知らぬ彗星、呪詛、
宇宙の脅威となった。
それでも生得の力によって、
軌道も道もなしに転びつづけている、
頭上に輝く畸形のもの、
まるで天空の怪物といえよう。
そしておまえはだな! その星の力の下に生れた――
虫けらめ! そのおまえに薦めながらもおれは従わねばならぬ――
それというのも、一時的におまえが借用した力、
(それも結局はおまえをおれの自由にするのに役立だつにすぎないが)
その力に強いられて、おれは暫時、
このひ弱い精たちが身を屈しておまえごときものと語りあっている
この下界に降りてきたのだ――
土の子よ、おれに何の用があるのだ?

【七つの精霊(相共に)】  
地も海も、大気も夜も、山も風もおまえの星も、
土の子よ、命令指図を待っている!
精霊たちは、求めに応じて、やってきた――
人の子よ、望みは何か――さあ言ってみよ。

モンブラン
*モンブラン(wiki)

この場面の原詩は、次のようになります。

FIRST SPIRIT.
Mortal! to thy bidding bow'd,    50 
From my mansion in the cloud, 
Which the breath of twilight builds, 
And the summer's sunset gilds 
With the azure and vermilion 
Which is mix'd for my pavilion; 
Though thy quest may be forbidden, 
On a star-beam I have ridden,
To thine adjuration bow'd; 
Mortal-- be thy wish avow'd!

Voice of the SECOND SPIRIT.
Mont Blanc is the monarch of mountains;   60 
They crown'd him long ago
On a throne of rocks, in a robe of clouds, 
With a diadem of snow.
Around his waist are forests braced, 
The Avalanche in his hand;
But ere it fall, that thundering ball 
Must pause for my command.
The Glacier's cold and restless mass 
Moves onward day by day;
But I am he who bids it pass,  70 
Or with its ice delay.
I am the spirit of the place, 
Could make the mountain bow
And quiver to his cavern'd base-- 
And what with me wouldst Thou?
     
Voice of the THIRD SPIRIT.
In the blue depth of the waters,
Where the wave hath no strife,
Where the wind is a stranger
And the sea-snake hath life,
Where the Mermaid is decking    80
Her green hair with shells;
Like the storm on the surface
Came the sound of thy spells;
O'er my calm Hall of Coral
The deep echo roll'd--
To the Spirit of Ocean
Thy wishes unfold!

FOURTH SPIRIT.
Where the slumbering earthquake
Lies pillow'd on fire,
And the lakes of bitumen       90
Rise boilingly higher;
Where the roots of the Andes
Strike deep in the earth,
As their summits to heaven 
Shoot soaringly forth;
I have quitted my birthplace,
Thy bidding to bide--
Thy spell hath subdued me,
Thy will be my guide!

FIFTH SPIRIT.
I am the Rider of the wind,     100    
The Stirrer of the storm;
The hurricane I left behind
Is yet with lightning warm;
To speed to thee, o'er shore and sea
I swept upon the blast:
The fleet I met sail'd well, and yet
'T will sink ere night be past.

SIXTH SPIRIT.
My dwelling is the shadow of the night,
Why doth thy magic torture me with light?

SEVENTH SPIRIT
The star which rules thy destiny      110
Was ruled, ere earth began, by me:
It was a world as fresh and fair
As e'er revolved round sun in air;
Its course was free and regular,
Space bosom'd not a lovelier star.
The hour arrived-- and it became 
A wandering mass of shapeless flame, 
A pathless comet, and a curse, 
The menace of the universe;
Still rolling on with innate force,      120
Without a sphere, without a course, 
A bright deformity on high, 
The monster of the upper sky! 
And thou! beneath its influence born-- 
Thou worm! whom I obey and scorn-- 
Forced by a power (which is not thine, 
And lent thee but to make thee mine) 
For this brief moment to descend, 
Where these weak spirits round thee bend 
And parley with a thing like thee--         130
What wouldst thou, Child of Clay! with me?

The SEVEN SPIRITS
Earth, ocean, air, night, mountains, winds, thy star,
Are at thy beck and bidding, Child of Clay!
Before thee at thy quest their spirits are--
What wouldst thou with us, son of mortals-- say? 


harutoshura at 14:43|PermalinkComments(0)バイロン 

2019年11月01日

バイロン「マンフレッド」 ①

『於母影』には、「マンフレツト一節」のつぎに「戯曲「曼弗列度」一節」という訳詩が続いています。これらを読んでいる途中ですが、ここで一休み。しばらくの間バイロン=写真、wiki=の「マンフレッド(MANFRED)そのものを、小川和夫訳と原詩で、ざっと眺めておきたいと思います。

マンフレッド 灯火(ともし)に油を注(さ)さねばならぬ。だがそうしたところで
おれが目覚めているあいだはもつまい。
たとえおれが仮眠(まどろ)もうと――そのまどろみは眠りではない。
絶えぬ思いのその続きで、
まどろみのうちにも断ちきりようがないのだ。おれの心は
夜を徹して目覚めていて、その両の眼(まなこ)が閉じるのも
ただ内にあるものを眺めるためなのだ。それでいておれは生きている、
息をする人間どもの姿かたちを備えている。
ああ、賢者の導き手が悲痛であり、
智慧が悲哀であるとは。万人にまさって知るものは、
「智慧の樹」は「生命の樹」ではないという
あの命とりの真理を誰よりも深く嘆かねばならぬ。
哲学やら科学やら、驚異の
源泉(みなもと)やら、また世界の叡智やら、
おれはみんな試してみた。そしておれの心中には
これらのものを自在にする力がある――
だが役にはたたない。おれは人々に善を行った、
そして人間どものあいだでさえ善に出あったこともある――
だが役にはたたなかった。おれには数々の敵があった、
手ごわい奴はなかった。――善も、悪も、生命も、
力も、情熱も、おれが他の人々に見出すなべてこれらのものは、
あの何とも名伏し得ぬ時以来、おれにとって
砂地に降る雨に等しくなった。おれは恐怖(おそれ)を感じない、
あのおのずからなる恐怖も感じなければ、期待や欲望によって、
また地上のものへのひそかなる愛によって波うつ
胸の高鳴りも絶えて感じないのを、呪わしく思うのだ。
さあ仕事にかからねば、――
神秘の力よ!
汝ら、無辺際なる宇宙の精!
闇から光へとおれはおまえたちを求めた――
汝ら、大地をとり囲み、微妙な元素を
住家とするもの――汝ら、人跡未踏の
山々の頂きに遊び、大地や渡津海(わたつみ)の
洞窟を好んで訪れるもの――
おまえたちを統(す)べる力をおれに与える
この呪文によって命ずる――現れろ! 姿を見せろ! 〔間〕
やって来るな。――ではおまえたちを戦かせるこの徴表(しるし)によって、
不滅なる者の要求によって――現れろ! 姿を見せろ! ――姿を見せろ! 〔間〕
はて、そういう気でも――地と空の精ども、
おれを誑(すか)そうとはさせぬぞ。いまだかつて
使われたことのない深甚の力、
呪われた星に生れた暴君のごとき呪力、
破壊された世界の炎々たる残骸、
永劫の空間にさすらい歩く地獄、
つまりは、このおれの魂にかけられた強い呪いによって、
おれのうちにありおれをとりまく思いによって、
おまえたちをおれの意志に従わせてやる――姿を見せろ!

バイロン

これは「マンフレツト一節」にも取られた「マンフレット(MANFRED)」の第1幕第1場のマンフレットのせりふです。「マンフレット」には、

この天地の間にはな、ホレイショオ、
いわゆる哲学の思いもおよばぬ大事があるのだ。
(There are more things in heaven and earth, Horatio,
  Than are dreamt of in your philosophy.)

という題辞があり、登場人物の紹介などが次のようにあります。

マンフレッド(MANFRED)
羚羊(かもしか)の狩人 (CHAMOIS HUNTER)
聖モーリスの僧院長(ABBOT OF ST. MAURICE)
マニュエル(MANUEL)
ハーマン(HERMAN)
アルプスの魔女(WITCH OF THE ALPS)
アリマニーズ(ARIMANES)=ペルシャの邪神
ネメシス(NEMESIS)=復讐の女神
宿命の女神等(THE DESTINIES)
数多の精霊、その他(SPIRITS, etc)

劇の場面は高アルプスのうち――一部はマンフレッドの城内、一部は山中である。
(The scene of the Drama is amongst the Higher Alps -- partly in the Castle of Manfred, and partly in the Mountains.)

上記の原詩は、次のようになります。

MANFRED. The lamp must be replenish'd, but even then 
It will not burn so long as I must watch. 
My slumbers-- if I slumber-- are not sleep, 
But a continuance of enduring thought, 
Which then I can resist not: in my heart  
There is a vigil, and these eyes but close 
To look within; and yet I live, and bear 
The aspect and the form of breathing men. 
But grief should be the instructor of the wise; 
Sorrow is knowledge: they who know the most    10  
Must mourn the deepest o'er the fatal truth, 
The Tree of Knowledge is not that of Life. 
Philosophy and science, and the springs 
Of wonder, and the wisdom of the world, 
I have essay'd, and in my mind there is 
A power to make these subject to itself-- 
But they avail not: I have done men good, 
And I have met with good even among men-- 
But this avail'd not: I have had my foes, 
And none have baffled, many fallen before me--    20  
But this avail'd not: Good, or evil, life, 
Powers, passions, all I see in other beings, 
Have been to me as rain unto the sands, 
Since that all-nameless hour. I have no dread, 
And feel the curse to have no natural fear 
Nor fluttering throb, that beats with hopes or wishes 
Or lurking love of something on the earth. 
Now to my task.-- 
                     Mysterious Agency! 
Ye spirits of the unbounded Universe, 
Whom I have sought in darkness and in light!    30  
Ye, who do compass earth about, and dwell 
In subtler essence!  ye, to whom the tops 
Of mountains inaccessible are haunts, 
And earth's and ocean's caves familiar things-- 
I call upon ye by the written charm 
Which gives me power upon you-- Rise! appear!   [A pause. 
They come not yet.-- Now by the voice of him 
Who is the first among you; by this sign, 
Which makes you tremble; by the claims of him 
Who is undying,-- Rise! appear!-- Appear!     [A pause.   40  
If it be so.-- Spirits of earth and air,  
Ye shall not thus elude me: by a power,  
Deeper than all yet urged, a tyrant-spell,  
Which had its birthplace in a star condemn'd,  
The burning wreck of a demolish'd world,  
A wandering hell in the eternal space;  
By the strong curse which is upon my soul,  
The thought which is within me and around me,  
I do compel ye to my will.  Appear! 


harutoshura at 22:44|PermalinkComments(0)バイロン