2019年09月

2019年09月30日

「あるとき」③(『於母影』168)

『於母影』の「あるとき」のつづき。きょうは、4行目から9行目を見ていきます。

乙女はさゝやぐ声もほそく
我身はこの世をさりたる後
よみにし歌のみ猶ながらへ
君はひろき世にとり残され
共にかたらん友もなくて
思ひ寐の夢にわれを見なば

黄泉の国
*黄泉比良坂(wiki)

「乙女」は、原詩では「sie(彼女)」となっています。「さゝやぐ」は「ささやく」の意。原詩は「sprach(語った)」。縮刷『水沫集』では「ささやく」に変更されています。詩は、この行から少女の言葉として歌われていきます。

「我身はこの世をさりたる後」は、原詩では「Wenn von der Welt ich schied,(もし私がこの世を去って)」。訳詩では“仮定”の意が明示されていないので、彼女がすでにこの世の人ではないかのようにも読めます。

「ながらへ」は、「Und kaum mein Angedenken/Noch lebt in deinem Lied;(辛うじて私の記憶が/なお、あなたの歌の中に生きていて)」と、原詩では、私の思い出がなおあなたの中で生きていることになっていますが、訳では、我が身が死んでも詠んだ歌はこの世に残る、という意。ニュアンスに違いがあります。

「とり残され」のところは、原詩の「Verlassen und einsam bist,(取り残されて孤独となり)」の「孤独となり」が省略したかたちになっています。

「思ひ寐」は、ひとを恋しく思いながら寝ること。古今集(恋2)に「君をのみ思ひ寝に寝し夢なればわが心から見つるなりけり(いとしいあなたのことばかりを思いつづけて眠った夜の夢だから、本当に私は心からあなたを見たのですよ)」。


harutoshura at 21:47|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月29日

「あるとき」②(『於母影』167)

「あるとき」のつづき。冒頭から少しずつ区切って眺めていきます。

おくつきの前にふたり立ちぬ
にはとこの花は香ににほひて
夕暮の風に草葉そよぐ

ニワトコ

冒頭の3行をひらがなにしてみると、

おくつきのはなに/ふたりたちぬ
にはとこのはなは/かににほひて
ゆうぐれのかぜに/くさはそよぐ

となります。このように訳詞は各行14字で、8と6で切れるリズムであることがうかがえます。これから順にみて行きますが、冒頭に限らず、作品全体がいわば「八六調」になっているといえそうです。

冒頭3行に該当する原詩の詩節は――

Wir standen vor einem Grabe,  …… 8詩節
Umweht von Fliederduft;     …… 6詩節
Still mit dem Gräsern des Hügels …… 8詩節
Spielte die Abendluft.     ……… 6詩節
(我々は墓の前に立っていた
 にわとこの花の香に包まれて
 静かに丘の草に
 夕風は戯れていた)

原詩の「8・6・8・6」の詩節と、訳詩の八六調には何らかの関連がありそうです。が、原詩がすべて「8・6・8・6」で統一されているわけではありません。『明治大正訳詩集』の補注でには、次のように推測しています。

「原詩は奇数行偶数行の脚韻単位の音節数が8・6となるのは7組、7・6となるのが9組であり、どちらかと言えば7・6の音節組み合せが優勢なのだが、訳詩はそうした全篇を貫く調子を留意しているのではなく、結局第1聯を分析して八六調というリズムを読み出し、このリズムを全体を通じての基調として訳詩を組み立てたものであろう」

冒頭の「おくつき」は、奥津城、墓のこと。万葉集(巻3・雑)に「吾も見つ人にも告げむ葛飾の真間の手児名が奥津城処」(赤人)という歌があります。

「ふたり」は、原詩では「Wir」つまり「我々」となっています。

「にはとこ」=写真、wiki=は、スイカズラ科の落葉低木。高さ2~6メートル。3~5月、円錐花序をつくり、5数性の小花を多数集めて開きます。花冠は淡黄色、裂片は反り返ります。果実は球形、9~10月、赤色に熟します。古くはヤマタヅとかミヤツコギ(造木)とよばれ、万葉集の「君が行き日(け)長くなりぬやまたづの迎へを往(ゆ)かむ待つには待たじ」(巻2・90)の注釈には「ここにやまたづといふは、これ今の造木(みやつこぎ)をいふ」とあります。

「香ににほひて」は、かぐわしくつややかに咲いているの意でしょう。古今集(巻1・春上)の「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」(紀貫之)のように、和歌では昔を思い出す場合に用いられることが多いようです。

「夕暮の風に」は、原詩では「静かに丘の草に」そよぐことになっていますが、訳詩では省略されています。


harutoshura at 19:09|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月28日

「あるとき」①(『於母影』166)

きょうから『於母影』の12番目、30行の作品「あるとき」に入ります。

  あるとき

おくつきの前にふたり立ちぬ
にはとこの花は香ににほひて
夕暮の風に草葉そよぐ
乙女はさゝやぐ声もほそく
我身はこの世をさりたる後
よみにし歌のみ猶ながらへ
君はひろき世にとり残され
共にかたらん友もなくて
思ひ寐の夢にわれを見なば
にはとこの花とさうびの花
かこみしおくつき音信来て
みどりの草葉をしとねにかへ
にほひよき花の一束をば
おのれに手向て給はりなば
なれし足音に目をさまして
静にしのびてなれ/\しく
心をへたてずさゝやかまし
ともに世にありし時のごとく
過ぎ行く人々おもふならむ
にはとこの花をいとしづかに
ゆるやかにそよぐ夕かぜぞと
世にあるごとくに何事をも
きかせ給はらはおのれもまた
夢みし事をば物語らむ
その時たがひに心おちゐ
目をさますほしに心つきて
さらばといはましいとしづかに
君は力つき夕まぐれに
かへり給ふらむおのが家に
おのれはふたゝび花のそこに

fliederduft

「あるとき」は、ドイツの詩人エドゥアルト・フェラント(Eduard Ferrand、1813-1842)の「Einst」。底本はベルンの詞華集で訳者は小金井喜美子とされています。原詩は各連4行からなる10連の作品ですが、それらの4行1連を3行に訳出し、各連の区切りを廃して30行詩に仕立ててあります。

以下に、エドゥアルト・フェラントの原詩と慶應義塾大学国文学研究会編(担当・秋山稔)による「直訳」をあげておきます。

Einst

Wir standen vor einem Grabe,
Umweht von Fliederduft;
Still mit dem Gräsern des Hügels
Spielte die Abendluft.
我々は墓の前に立っていた
にわとこの花の香に包まれて
静かに丘の草に
夕風は戯れていた

Da sprach sie bang’ und leise:
Wenn von der Welt ich schied,
Und kaum mein Angedenken
Noch lebt in deinem Lied;
その時彼女は語った、心細げに微かに
もし私がこの世を去って
辛うじて私の記憶が
なお、あなたの歌の中に生きていて

Wenn du auf weiter Erde
Verlassen und einsam bist,
Und nur im Traum der Nächte
Mein Geist dich leise küßt:
あなたがこの広い世間に
取り残されて孤独となり
そうしてただ夜の夢の中で
私の霊がそっと口づけするようになったら

Dann komm zu meinem Grabe,
Von Flieder und Rosen umlaubt,
Und neig’ auf die kühlen Gräser
Das heiße, müde Haupt.
その時は私の墓にやって来て下さい
にわとこやばらの花に囲まれた所へ
そして涼しい草の上に押し当てて下さい
熱した、疲れた顔を

Ein Sträußchen duftiger Blumen
Bringst du wie sonst mir mit;
Mich weckt aus tiefem Schlummer
Dein lieber bekannter Schritt.
香のよい花の一束を
いつもと同じように私に持って来て下さい
私は深いまどろみから覚めることでしょう
あなたの聞きなれた優しい足音によって

Dann will ich mit dir flüstern
So heimlich und vertraut,
Wie damals, wo wir innig
In’s Aug’ uns noch geschaut.
その時あなたにそっと話しましょう
内密に、そして打ちとけて
当時と同じように、私たちが
まだ眼と眼を見合せていた当時のように

Und wer vorübergehet,
Der denkt: es ist der Wind,
Der durch die Blüten des Flieders
Hinsäuselt leis und lind.
そして側を通り過ぎてゆく人がいても
その人は考えるでしょう、それは風だと
風がにわとこの花を吹き抜けて
微かに静かにそよぐのだと

Und wie du lebst, das Kleinste
Berichten sollst du mir,
Und ich will dir erzählen,
Was ich geträumt von dir.
それからあなたの生活のささやかな事までも
私に聞かせて下さい
私も又あなたに語りましょう
私があなたのどんな夢を見ていたかを

Wenn dann der Abend gekommen
Und Stern an Stern erwacht,
Dann wünschen wir uns leise
Und heimlich: gute Nacht!
その時夕暮れが来て
星が目を覚ます時
私たちは声低く言い交しましょう
内密に「さようなら」と

Du gehst getröstet nach Hause
Im Abenddämmerschein,
Und unter meinen Blumen
Schlaf’ still ich wieder ein.
あなたは心慰んで家の方へ帰るでしょう
黄昏の薄明りの中を
そして私の花の下に埋もれて
私は静かに眠りにつきます


harutoshura at 16:05|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月27日

「わが星」⑦(『於母影』165)

『於母影』の「わが星」のつづき。もう一度、14行の詩全体をながめておきます。

おもひをかけしわが星は
光をかくしいづこにて
たれのためにかかがやける
心もそらに浮くもの
かゝるおもひをふきはらふ
この夕暮にかぜもがな
すゞしく茂る夏木立
なにをやさしくそよぐらむ
緑色こき大ぞらは
なにをやさしく見下せる
あるかひもなき世の中の
卯月しりてや天の戸を
鳴てすぎゆくほとゝぎす
しでの山路のしるべせよ

ニュルンベルク

最後に、『於母影』における「わが星」の特徴や位置づけについて小堀桂一郎の見解(『西學東漸の門』p.40-41)を引用しておきます。

〈この詩はやあとことばによる伝統的な詩想の操作はなかなか巧みで、そこに優美哀艶の詩情が生まれてゐることを認めるのに吝かではないにせよ、翻訳といふ観点からみる限り、原詩の勝手な改変、あるいは無視により全く粗放・雑駁な訳業になつてしまつてゐるのである。このやうな例は『於母影』全体を通じてただこの一例しか認められない。この詩篇は明治39年の『改訂・水沫集』以後、目次に於てホフマンの名が消え〈失名〉と記されることになつた。その理由は何であつたらうか。

富士川教授の指摘によれば、元来この詩はルネサンス期のドイツに栄えた「職匠歌」のスタイルに則つたもので、素朴といふを通り越して粗野に近いやうな、生で切羽つまつた誇張的表現が、近代人たるホフマンの作風にふさはしからぬものと映るのであるが、実はこの物語自体が17世紀末期に活躍してゐた地誌作者のヨーハン・クリストフ・ヴァーゲンザイルの筆になる『ニュルンベルク年代記』=写真、wiki=に素材を得たものであり、物語中に挿入された親方や徒弟たちの詩もまた、皆ヴァーゲンザイルの年代記に出てくるものの自由な翻案なのである。

この詩がスタイルからみれば、古い職匠歌の体にならつたものであることは読めばわかるにせよ、以上のやうな具体的知識は注釈のついてゐないクルツ編の二巻選集からは出てこない。鷗外は『於母影』編纂当時かうした文学史的事実を知らず、この詩も即ちホフマン作としてよいもの、と思つてゐたかもしれない。ただし明治25年8月(初版「水沫集」刊行の翌月)にはすでに「しがらみ草紙」第35号に載せた『観潮楼偶記』中『壁を懐いて罪あり』の中で右の経緯にふれて書いてゐる。

そこで『水沫集』の改訂版を作るに際して、『わが星』の原詩はホフマン作とするよりも、17世紀の無名氏作とする方が適当であるとの見解に立ち、作者を〈失名〉といふことにしたのではないか――。しかしながら、私の推測によれば、ホフマンの名を伏せたことのより大きな動機は全くこの詩の著しい「原作離れ」にあるのではなからうか。

ここでいささか実証を試みた如くに、この詩の原作との乖離は『わかれかね』や『盗侠行』の「意訳」ぶりとは性質が違ふ。訳詩としてみるときにはこれは端的に不出来なのである。そのことがたとへホフマンとするにせよヴァーゲンザイルとみなすにせよ、原作者の名を明示することを躊躇乃至遠慮させたのだとみてよいのではなからうか。

さてこのやうに見てくると集中例外的に不出来な訳業たるこの詩の訳者が誰であつたかといふことは流石に気になる事である。結論から言へば、この詩は小金井喜美子が兄鷗外の詩作に多少修辞上の手助けをするといふに留らず多少とも独力で訳詩を試みた場合どのやうな結果になるかを示してゐる好例とみなさざるを得ない。〉


harutoshura at 20:32|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月26日

「わが星」⑥(『於母影』164)

「わが星」のつづき、きょうは最後の11~14行(原詩17~19行)(④の部分)を見ていくことにします。

あるかひもなき世の中の
卯月しりてや天の戸を
鳴てすぎゆくほとゝぎす
しでの山路のしるべせよ

ホトトギス

「卯月」は、 陰暦四月の異称で、この月より夏にはいり、衣更(ころもがえ)をしました。「卯月しりてや天の戸を/鳴てすぎゆくほとゝぎす」に対応する句は、原詩には見当たらず、何月という「月」の指定もありません。

「卯月」から「ほととぎす」への連想は伝統的なものです。『新続古今集』に「榊とる卯づききぬらし郭公そのかみ山にゆふかけてなく」(無品親王)。『蜻蛉日記』には「契り置きし卯月はいかに時鳥我が身の憂きに懸離れつゝ」。

また、「ほととぎす」は、最後の句の「しで」の縁語として持ち出されたとも考えられます。冥土との間を往復する伝承を背景としているようです。『古今集』(巻19・1013)に「いくばくの田をつくればかほととぎすしでのたをさをあさなあさなよぶ」(藤原俊行)という歌があります。

「しでの山路」は原詩では「mein Grab(私の墓)」、あの世、冥土のこと。『千載集』には「常よりもむつまじきかな時鳥しでの山路のともと思へば」(鳥羽院)ともあります。

「天の戸」は、大空・天の意味。「天の門」ととれば、冥界と人界とを隔てる空の門とも考えられます。『続千載集』に「鈴鹿山あけがたちかき天の戸をふり出でゝ鳴く郭公かな」(前参議雅有)。

「しるべ」は、手引き・案内の意味です。『山家集』に「この世にて語らひおかんほととぎすしでのやまぢのしるべともなれ」。「しでの山路のしるべせよ」は、「Zeigt mir mein Grab(私に私の墓のありかを教えてくれ)」となっています。

私の「希望の星」が消えたと歌い起して、墓が「希望の港」となってしまった、と歌いおさめています。墓を教えてくれ、と呼びかけられる相手は原詩では当然ほととぎすではなく、訳詩の言葉で言えば「夏木立」と「緑色こき大ぞら」ということになります。

小堀桂一郎は『西學東漸の門』の中で、次のように指摘しています。

「訳詞では〈死出の山路〉のしるべをするものとして、言ふまでもなく「死出の田長」の異名にひかれたのであろう。ほととぎすといふ原詩には全く無縁の形象を持ち出し、またほととぎす故に〈卯月しりてや天の戸を/鳴てすぎゆく〉と言つた修辞を用意することになる。このやうに見てくると、この詩はやまとことばによる伝統的な詩想の操作はなかなか巧みで、そこに優美哀艶の詩情が生れてゐることを認めるのに吝かではないにせよ、翻訳という観点からみる限り、原詩の勝手な改変、あるいは無視により全く粗放・雑駁な訳業になつてしまつてゐるのである」(p.40)


harutoshura at 19:37|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月25日

「わが星」⑤(『於母影』163)

「わが星」のつづき、きょうは7行目から10行目まで(③の部分)を見ていくことにします。

すゞしく茂る夏木立
なにをやさしくそよぐらむ
緑色こき大ぞらは
なにをやさしく見下せる

夏木立空

「夏木立」は、原詩では「ihr dunklen Bäume(暗い木立)」で、「夏」という季節は示されていません。『玉藻集』(巻三・夏)に「月影のもるかと見えて夏木立しげれる庭に咲ける卯の花」(前中納言経親)という歌があります。

「なにを」は2行後の「なにを」と同じように、「なぜに、何のために」の意で用いられているようです。

「緑色こき大ぞら」は、原詩は「goldene Himmelssäume」(黄金なす天空)。「夏木立」からの連想によるのか、空の色が「黄金」から「緑」に変わっています。『古今集』(巻14・恋4)に「大空は恋しき人の形見かは物思ふごとにながめらるらむ」(酒井人真)の歌があります。

この部分は原詩と訳詩の行数は唯一4行で同じですが、「ihr dunklen Bäume(暗い木立)」が「すゞしく茂る夏木立」と変わり、暗いイメージから明るい夏のイメージへと転調しています。

また、原詩の木立に対する絶望的な呼びかけも、「すゞしく茂る」夏というさわやかな季節の中に解消されてしまっています。この夏のイメージは③の部分を包み込み、夕暮れの「黄金なす天空」も「緑色こき大ぞら」へと色彩の転換を余儀なくさせられていることになります。


harutoshura at 16:59|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月24日

「わが星」④(『於母影』162)

「わが星」のつづき、きょうは4行目から6行目まで(②の部分)を見ていくことにします。

心もそらに浮くもの
かゝるおもひをふきはらふ
この夕暮にかぜもがな

うわの空

②の部分は、原詩の7行を4行減らして3行にまとめた、改変の目立つところです。

「心もそらに」は、ふつう嬉しさの表現として用いられますが、ここでは、落ち着かない、不安な状態を表しています。

「そら」は掛詞で、「空」と「うわのそら・うつろ・そぞろ」がかかっています。次の「浮くも」を修飾して、両者で心が落ち着かずに不安定な様子をたとえています。

「浮くもの」は「そら」の縁語として用いられ、さらに次行の「かゝる」につづけて「浮雲(憂き雲)」の「かゝるおもひ」と読ませているわけです。

原詩は「Erhebt euch,rauschende Abendwinde,(吹きおこれ、ざわめく夕風よ、)/
Schlagt an die Brust,(この胸を打って、)/Weckt alle tötende Lust,(身を滅すような欲望を皆よびさませ、)/Allen Todesschmerz,(死の苦痛も呼びさませ、)/
Daß das Herz,(するとこの心臓は、)/Getränkt von blut'gen Thränen,(血の涙にひたされ、)/Brech' in trostlosem Sehnen!(慰めのないあこがれにひきさけるだろう。)」といった、かなり激しい調子で展開されています。

ところが、訳詩のほうは、前述のように縁語・掛詞を駆使した伝統的な和歌のスタイルに作り直されています。ここには「身を滅すような欲望」も、「死の苦痛」も「血の涙」も見い出すことはできません。


harutoshura at 13:52|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月23日

「わが星」③(『於母影』161)

「わが星」のつづき、きょうから、全体を四つに分けて冒頭から少しずつ見ていくことにします。

おもひをかけしわが星は
光をかくしいづこにて
たれのためにかかがやける

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「わが星」がErnst Theodor Amadeus Hoffmann(1776-1822)の『Meister Martin der Küfner und seine Gesellen(桶屋のマルティン親方とその徒弟たち)』)の中に収められている詩であることを見いだした富士川英郎によると――

原詩は15・16世紀のドイツ市民社会で栄えた「職匠歌」(Meistergesang)の体に倣ったもので、小説中のひとりの青年が、恋に破れたと信じて、ひとりこの詩を野原で歌うのである〔中略〕そこには切羽つまったやるせなさや激しい嘆きなどが、少し粗野な歌いぶりにこめられている、といいます。

これまでに見たように、19行の原詩に対して「わが星」は14行。「わが星」は、内容的には、

①1~3行(原詩1~5行)
②4~6行(原詩6~12行)
③7~10行(原詩13~16行)
④11~14行(原詩17~19行)
に分かれます。

きょうは冒頭にあげた①の部分を詳しく見ていきます。

原詩には、題名は付されていません。訳詩の題名ともなっている「わが星」は、「Mein Hoffnungsstern」(私の希望の星)からとったものと考えられます。

「おもひをかけし」は、この「Hoffnungs」(希望)にあたります。思慕の情を向けた、胸中の願い・望みをかけた、という意味になります。

①の部分は原詩より2行短い3行になっていますが、訳詩の1行目「おもひをかけしわが星は」は、原詩の2行目「Mein Hoffnungsstern?(私の希望の星よ)」に、2行目の「光をかくしいづこにて」は、原詩の1・3・4行目の「Wo bist du hin,(お前は何処へ行ったか)/Ach mir so fern,(ああ、私から遠いところで、)/Bist mit süßen Prangen(美しくきらめきながら、)」を圧縮した訳になっています。

さらに3行目の「たれのためにかかがやける」は、原詩5行目の「Andern aufgegangen!(ほかの人たちのために立ち昇っている)」に相当しています。このように②は、四つの区切りの中では比較的原詩に沿った意訳となっていることがわかります。


harutoshura at 19:26|PermalinkComments(0)市村瓚次郎 

2019年09月22日

「わが星」②(『於母影』160)

『於母影』の「わが星」のつづき、きょうは、原詩と「わが星」の中身について比較検討してみます。

  わが星

おもひをかけしわが星は
光をかくしいづこにて
たれのためにかかがやける
心もそらに浮くもの
かゝるおもひをふきはらふ
この夕暮にかぜもがな
すゞしく茂る夏木立
なにをやさしくそよぐらむ
緑色こき大そらは
なにをやさしく見下せる
あるかひもなき世の中の
卯月しりてや天の戸を
鳴てすぎゆくほとゝぎす
しでの山路のしるべせよ

夏木立

きのう見たように19行の原詩に対して「わが星」は14行と、5行短くなっています。どこで5行の削減が行われたかをざっと見ると、

原詩1~5行→訳詩1~3行 2行減
原詩6~12行→訳詩4~6行 4行減
原詩13~16行→訳詩7~10行 増減なし
原詩17~19行→訳詩11~14行 1行増

「わが星」は、ホフマンの詩によりながらも、これを簡略化し、意味や声調のうえでも、これを和らげたり、日本風に変更したりしたところがかなり見られます。富士川英郎は原詩と比較検討して次のように指摘しています。

まず、原詩の冒頭の5行を文字通り直訳してみると、

Wo bist du hin,    
Mein Hoffnungsstern?  
Ach mir so fern,
Bist mit süßen Prangen
Andern aufgegangen!
私の希望の星よ、
お前は何処へ行ったか?
ああ、私から遠いところで、
お前は美しくきらめきながら、
ほかの人たちのために立ち昇っている!

ということになりますが、「わが星」ではそれが、

おもひをかけしわが星は
光をかくしいつこにて
たれのためにかかがやける

という婉にやさしい3行となっています。さらに、原詩のつぎの7行は、

Erhebt euch,rauschende Abendwinde,
Schlagt an die Brust,
Weckt alle tötende Lust,
Allen Todesschmerz,
Daß das Herz,
Getränkt von blut'gen Thränen,
Brech' in trostlosem Sehnen!
騒めく夕風よ、吹き起これ。
この胸を打って、
あらゆる身を滅ぼす欲望と、
あらゆる死の苦痛をよび醒ましてくれ。
血の涙に浸った心臓が、
慰めのない憧れのなかで
裂けるほどに

という意味ですが、「わが星」ではそれが、

心もそらに浮くもの
かゝるおもひをふきはらふ
この夕暮にかぜもがな

と3行に歌い変えられ、同じく夕暮れに風が吹き起こることを願っているにしても、その風はここでは、原詩と反対に胸の「おもひをふきはら」ってくれる、むしろさわやかな風となっています。これにつづく「わが星」のなかの

すゞしく茂る夏木立
なにをやさしくそよぐらむ
緑色こき大そらは
なにをやさしく見下せる

という詩句は「暗い木立」(ihr dunklen Bäume)が「すゞしく茂る夏木立」となり、「金いろの大空」(ihr goldene Himmelssäume)が「緑色濃き大そら」に変えられていますが、だいたいにおいて原詩の13~16行目までに照応すると見られます。しかし、

Zeigt mir mein Grab!
Das ist mein Hoffnungshafen,
Werd' unten ruhig schlafen,
私に私の墓を示してくれ、
それは私の望む安息の場所だ。
私はその地下で静かに眠るであろう。

という原詩の最後の3行は、「わが星」では、

あるかひもなき世の中の
卯月しりてや天の戸を
鳴てすぎゆくほとゝぎす
しでの山路のしるべせよ

という、同じように死のの安息を求めているにしても、詩句としてはまったく異なった別種の趣きのものに変わっているのです。このように「わが星」は、ホフマンの詩とはかなり違った趣きをもち、富士川は「翻訳というよりはむしろ翻案というべきものになっている」といいます。


harutoshura at 14:44|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月21日

「わが星」①(『於母影』159)

『於母影』のつづき、平家物語を素材にした「鬼界島」を離れて、きょうから「わが星」という14行の訳詩を読んでいきます。

  わが星

おもひをかけしわが星は
光をかくしいづこにて
たれのためにかかがやける
心もそらに浮くもの
かゝるおもひをふきはらふ
この夕暮にかぜもがな
すゞしく茂る夏木立
なにをやさしくそよぐらむ
緑色こき大ぞらは
なにをやさしく見下せる
あるかひもなき世の中の
卯月しりてや天の戸を
鳴てすぎゆくほとゝぎす
しでの山路のしるべせよ

星々

「わが星」の原詩が何なのかはよく分かりませんでしたが、富士川英郎によってErnst Theodor Amadeus Hoffmann(1776-1822)の『Meister Martin der Küfner und seine Gesellen(桶屋のマルティン親方とその徒弟たち』)の中に収められている19行の次の作品であることが見いだされました。

Wo bist du hin,
Mein Hoffnungsstern?
Ach mir so fern,
Bist mit süßen Prangen
Andern aufgegangen!
Erhebt euch,rauschende Abendwinde,
Schlagt an die Brust,
Weckt alle tötende Lust,
Allen Todesschmerz,
Daß das Herz,
Getränkt von blut'gen Thränen,
Brech' in trostlosem Sehnen!
Was lispelt ihr so linde,
So traulich, ihr dunklen Bäume?
Was blickt ihr goldene Himmelssäume
So freundlich hinab?
Zeigt mir mein Grab!
Das ist mein Hoffnungshafen,
Werd' unten ruhig schlafen,

この詩について『日本近代文学大系』の補注には、次のような「大意」があります。

お前は何処へ行ったのだ、
私の希望の星よ。
ああ、私からそんなに遠ざかって
やさしい光を放ちながら
お前はほかの人のために空に昇ったのだ。
吹きおこれ、ざわめく夕風よ、
この胸を打って、
身を滅すような欲望を皆よびさませ、
死の苦痛も呼びさませ、
するとこの心臓は、
血の涙にひたされ、
慰めのないあこがれにひきさけるだろう。
何をささやいているのだ、そんなにやさしく
そんなに親しく、暗い木立よ?
何を見下しているのだ、黄金なす天空よ
そんなにも好意をこめて?
私に私の墓のありかを教えてくれ!
墓こそは私の望む安息の港だ、
私はその地下で安らかに眠るのだ。

原詩を見出した経緯について、富士川は次のように記しています。

この詩は森鷗外がその原詩の意味を語って聞かせたのに基づいて小金井喜美子が訳筆をとったものと伝えられているが、さてその原詩と原作者については、いままでのところ、まったく明らかにされていないと言っていい。

尤も『於母影』が最初『国民之友』に載り、ついで明治25年7月発行の『美奈和集』のなかに収められたときには、この「わが星」の原作者はドイツのホフマンであるというということが記されてはあった。

しかし、ホフマンという姓のドイツ人は、相当に名前の聞えている人たちだけでもいろいろあって、単にこれだけでは判然としないし、おまけに明治39年に『美奈和集』が改訂されて、新らしく『水沫集』として出版されてからは、この詩の原作者としてのホフマンの名前が消え失せて、失名氏と記されるようになったので、なおさらその探索は覚束ないものとなってしまったのである。

一方また、この詩の原詩についても、『於母影』のなかに訳されているドイツ詩の原詩は、本書の別稿に於ても述べて置いたように、二三のものを除いて、その大多数はマクシミリアン・ベルン(Maximilian Bern)の編集した“Deutsche Lyrik seit Goethes Tode”のなかに見出されるのであるが、この書のなかに「わが星」の原詩が見当らないことが、その探索をほとんど五里霧中に迷わせたと言ってもよく、嘗て『於母影』についての詳細な比較文学的研究を発表された島田謹二氏も、「わが星」については、「わが星」については、「鷗外文庫本を博捜したが、ついにその原典をたずねあてることが出来なかった」と述べていられるほどで、この問題はその後も未解決のままに放置されて現今に及んでいるような状態なのである。

ところが最近、私は偶然にもこの「わが星」の原詩と思われるものを見出したので、それをここに紹介して、大方の示教を仰ぎたいと思う。その詩というのは、ドイツ浪漫派の怪奇作家として一般に知られているE(エー)・T(テー)・A(アー)・ホフマンの小説「桶屋のマルティン親方とその徒弟たち」(Meister Martin der Küfner und seine Gesellen)のなかに挿入されている次のような詩なのである。=『近だ詩の成立と展開』(有精堂出版、1969.11)p.67-68


harutoshura at 18:17|PermalinkComments(0)小金井喜美子 

2019年09月20日

「鬼界島」㉟(『於母影』158)

きのうに続いて、きょうは173句目から196句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

時聴蟻王哭泣声  時に蟻王の哭泣(こくきゆう)の声を聴き
○○●○●●○  
俄隔幽明若為情  俄かに幽明を隔てて情を為すが若し
○●○○●○○
孤身豈惜試螻蟻  孤身豈(あ)に螻蟻(ろうぎ)を試むるを惜しまんや
○○●●●●●
只当香火祈後生  只だ当さに香火に後生を祈るべしと
●○○●○●○

遺骸空付一炬火  遺骸空しく一炬火(きよか)に付し
○○○●●●●
収拾白骨嚢裡裏  白骨を嚢裡(のうり)の裏に収拾す
○●●●○●●
又整旅装辞孤島  また旅装を整えて孤島を辞し
●●●○○○●
薩摩海上再泛舸  薩摩の海上に再び舸(ふね)を泛(うか)ぶ
●○●●●●●

関山秋色満帰途  関山の秋色は帰途に満ち
○○○●●○○
落日空林啼晩烏  落日の空林に啼くは晩烏(ばんう)
●●○○○●○
青鞋踏尽幾険艱  青鞋(せいあい)踏み尽くす幾険艱(けんかん)
○○●●●●○
寒風冷雨入南都  寒風冷雨に南都に入る
○○●●●○○

旅装直訪僧都女  旅装直ちに僧都の女(じょ)を訪ね
●○●●○○●
孤島苦辛相対語  孤島の苦辛相い対して語る
○●●○○●●
天地有情亦応泣  天地情有らば亦応(ま)さに泣くべし
○●●○●○●
海内無人解愁緒  海内(かいだい)人にして愁緒を解く無し
●●○○●○● 

可憐当日小雲鬟  憐むべし当日の小雲鬟(うんかん)
●○●●●○○
一朝削髪入禅関  一朝髪を削りて禅関(ぜんかん)に入る
●○●●●○○
蟻王亦携白骨去  蟻王も亦(また)白骨を携えて去り
●○●○●●●
飄然泣上高野山  飄然(ひょうぜん)として泣きて高野の山に上る
○○●●●●○

高野山高入雲漢  高野の山は高くして雲漢(うんかん)に入るも
●●○○●○●
南望蒼海空長嘆  南のかた蒼海を望んで空しく長嘆す
○●○●○○●
鬼界之島在何処  鬼界の島は何処にか在る
●●○●●○●
万古愁雲凝未散  万古の愁雲は凝りて未だ散ぜざるなり
●●○○○●●

松明

終盤のここでは、脚韻を平仄レベルで見ると、これまでのような「○○●○」と「●●○●」のきっちりした換句ではありませんが、ほぼ「平(○)」で脚韻を踏む連と「仄(●)」の脚韻の連が主体の連が交互に配置されているとはいえると思われます。

さらに、173句目から最後の196句目までの平仄、四声、韻目を各句ごとに詳しく見ると、次のようになります。

漢字 平仄 四声 韻目

《第173句》
時  ○ 上平声 四支    
聴  ○ 下平声 九青 
蟻  ● 上声  四紙
王  ○ 下平声 七陽 (名詞用法)
哭  ● 入声  一屋 
泣  ● 入声  十四緝
声  ○ 下平声 八庚

《第174句》
俄  ○ 下平声  五歌
隔  ● 入声   十一陌 
幽  ○ 下平声  十一尤
明  ○ 下平声  八庚
若  ● 入声   十薬
為  ○ 上平声  四支
情  ○ 下平声  八庚

《第175句》
孤  ○ 上平声 七虞 
身  ○ 上平声 十一眞
豈  ● 上声  五尾 
惜  ● 入声  十一陌
試  ● 去声  四寘
螻  ● 下平声 十一尤
蟻  ● 上声  四紙

《第176句》
只  ● 上声  四紙
当  ○ 下平声 七陽 
香  ○ 下平声 七陽 
火  ● 上声  二十哿 
祈  ○ 上平声 五微 
後  ● 上声  二五有 
生  ○ 下平声 八庚 

《第177句》
遺  ○ 上平声 四支
骸  ○ 上平声 九佳
空  ○ 上平声 一東 
付  ● 去声  七遇 
一  ● 入声  四質 
炬  ● 上声  六語 
火  ● 上声  二十哿

《第178句》
収  ○ 下平声 十一尤 
拾  ● 入声  十四緝 
白  ● 入声  十一陌 
骨  ● 入声  六月 
嚢  ○ 下平声 七陽
裡  ● 上声  四紙
裏  ● 上声  四紙
《第179句》
又  ● 去声  二六宥
整  ● 上声  二三梗
旅  ● 上声  六語 
装  ○ 下平声 七陽 
辞  ○ 上平声 四支 
孤  ○ 上平声 七虞 
島  ● 上声  十九晧

《第180句》
薩  ● 入声  七曷
摩  ○ 下平声 五歌
海  ● 上声  十賄
上  ● 去声  二三漾 (名詞用法)
再  ● 去声  十一隊 
泛  ● 去声  三十陥
舸  ● 上声  二十哿

《第181句》
関  ○ 上平声 十五刪   
山  ○ 上平声 十五刪 
秋  ○ 下平声 十一尤 
色  ● 入声  十三職 
満  ● 上声  十四旱 
帰  ○ 上平声 五微 
途  ○ 上平声 七虞 

《第182句》
落  ● 入声  十薬
日  ● 入声  四質
空  ○ 上平声 一東 
林  ○ 下平声 十二侵 
啼  ○ 上平声 八齊 
晩  ● 上声  十三阮
烏  ○ 上平声 七虞

《第183句》
青  ○ 下平声 九青
鞋  ○ 上平声 九佳
踏  ● 入声  十五合 
尽  ● 上声  十一軫 
幾  ● 去声  四寘
険  ● 上声  二八琰
艱  ○ 上平声 十五刪

《第184句》
寒  ○ 上平声 十四寒 
風  ○ 上平声 一東 
冷  ● 上声  二三梗
雨  ● 上声  七麌 (名詞用法)
入  ● 入声  十四緝
南  ○ 下平声 十三覃 
都  ○ 上平声 七虞
《第185句》
旅  ● 上声  六語 
装  ○ 下平声 七陽 
直  ● 入声  十三職
訪  ● 去声  二三漾 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
女  ● 上声  六語 

《第186句》
孤  ○ 上平声 七虞
島  ● 上声  十九晧
苦  ● 上声  七麌
辛  ○ 上平声 十一眞
相  ○ 下平声 七陽 
対  ● 去声  十一隊
語  ● 上声  六語

《第187句》
天  ○ 下平声 一先
地  ● 去声  四寘
有  ● 上声  二五有
情  ○ 下平声 八庚 
亦  ● 入声  十一陌
応  ○ 下平声 十蒸
泣  ● 入声  十四緝

《第188句》
海  ● 上声  十賄
内  ● 去声  十一隊 
無  ○ 上平声 七虞
人  ○ 上平声 十一眞 
解  ● 上声  九蟹
愁  ○ 下平声 十一尤
緒  ● 上声  六語

《第189句》
可  ● 上声  二十哿
憐  ○ 下平声 一先 
当  ● 去声  二三漾 
日  ● 入声  四質
小  ● 上声  十七篠
雲  ○ 上平声 十二文
鬟  ○ 上平声 十五刪

《第190句》
一  ● 入声  四質
朝  ○ 下平声 二蕭 
削  ● 入声  十薬
髪  ● 入声  六月
入  ● 入声  十四緝
禅  ○ 下平声 一先
関  ○ 上平声 十五刪 

《第191句》
蟻  ● 上声  四紙
王  ○ 下平声 七陽 (名詞用法)
亦  ● 入声  十一陌
携  ○ 上平声 八齊 
白  ● 入声  十一陌
骨  ● 入声  六月
去  ● 去声  六御

《第192句》
飄  ○ 下平声 二蕭
然  ○ 下平声 一先
泣  ● 入声  十四緝
上  ● 上声  二二養 (動詞用法)
高  ● 去声  二十號 (名詞用法)
野  ● 上声  二一馬
山  ○ 上平声 十五刪
《第193句》
高  ● 去声  二十號 (名詞用法)
野  ● 上声  二一馬 
山  ○ 上平声 十五刪
高  ○ 下平声 四豪 
入  ● 入声  十四緝
雲  ○ 上平声 十二文
漢  ● 去声  十五翰
《第194句》
南  ○ 下平声 十三覃 
望  ● 去声  二三漾 
蒼  ○ 下平声 七陽 
海  ● 上声  十賄 
空  ○ 上平声 一東 
長  ○ 下平声 七陽 
嘆  ● 去声  十五翰 

《第195句》
鬼  ● 上声  五尾
界  ● 去声  十卦 
之  ○ 上平声 四支
島  ● 上声  十九晧
在  ● 上声  十賄 (動詞用法)
何  ○ 下平声 五歌 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)

《第196句》
万  ● 入声  四質
古  ● 上声  七麌
愁  ○ 下平声 十一尤
雲  ○ 上平声 十二文
凝  ○ 下平声 十蒸
未  ● 去声  五未 
散  ● 去声  十五翰

これまでのように、1、2、4句の脚韻に関する部分を抜き出してみると――

1 声  ○ 下平声 八庚
2 情  ○ 下平声 八庚
4 生  ○ 下平声 八庚 

1 火  ● 上声  二十哿
2 裏  ● 上声  四紙
4 舸  ● 上声  二十哿

1 途  ○ 上平声 七虞
2 烏  ○ 上平声 七虞 
4 都  ○ 上平声 七虞

1 女  ● 上声  六語 
2 語  ● 上声  六語
4 緒  ● 上声  六語

1 鬟  ○ 上平声 十五刪
2 関  ○ 上平声 十五刪 
4 山  ○ 上平声 十五刪

1 漢  ● 去声  十五翰
2 嘆  ● 去声  十五翰
4 散  ● 去声  十五翰

1、2、4句について見ると、173句目から196句目まででも、平仄はもちろん、四声や韻目もほぼ完全にそろっていることが分かります。


harutoshura at 17:12|PermalinkComments(0)

2019年09月19日

「鬼界島」㉞(『於母影』157)

きのうに続いて、きょうは149句目から172句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

噫吁死生皆是天  噫吁(ああ)死生は皆是れ天
○○●○○●○
幼君何意去茫然  幼君何の意ぞ去りて茫然たり
●○○●●○○
夫人日夕思慕切  夫人日夕(につせき)思慕の切(しき)りに
○○●●●●●
又辞人世客黄泉  また人世(じんせい)を辞して黄泉に客たり
●○○●●○○

唯喜令娘今尚健  唯だ喜ぶ令娘の今なお健(すこ)やかに
○●●○○●●
独赴南都依親近  独り南都に趣きて親近に依れるを
●●○○○○●
来時就求一紙書  来る時就きて一紙の書を求めたりと
○○●○●●○
開髻出書通信問  髻(もとどり)を開きて書を出し信問を通ず
○●●○○●●

僧都展書読幾回  僧都書を展(の)べて読むこと幾回
○○●○●●○
書中只道早帰来  書中只だ道(い)う早く帰り来りませと
○○●●●○○
痿者終身寧忘起  痿(な)えたる者は終身寧(なん)ぞ起(た)つを忘れんや
○●○○○●●
赦恩猶未及蒿莱  赦恩猶お未だ蒿莱(こうらい)に及ばざるなり
●○○●●○○

蒿莱之中無暦日  蒿莱の中には暦日無し
○○○○○●●
只有気候分寒熱  只だ気候の寒熱を分つ有るのみ
●●●●○○●
花発知春葉落秋  花発(ひら)けば春を知り葉落つれば秋
○●○○●●○
夏聴蝉声冬見雪  夏は蝉の声を聴き冬は雪を見る
●○○○○●●

三年孤島日遅々  三年孤島に日遅々たり
○○○●●○○
憶起当年被執時  憶(おも)い起す当年執(とら)え被(ら)れし時
●●●○●●○
被執寧知為永訣  執え被るるも寧(いずくん)ぞ知らん永訣となり
●●○○○●●
天涯地角長相思  天涯地角に長(とこし)えに相い思わんとは
○○●●○○○

苦辛不願在人世  苦辛(くしん)して人世に在るを願わず
●○●●●○●
一死唯分葬荒裔  一死唯だ分るのみ荒裔(こうえい)に葬れと
●●○○●○●
絶食両旬遂易床  食を絶つこと両旬遂に床を易(か)うるに
●●●○●●○
海雲惨憺水空逝  海雲惨憺(さんたん)水空(むな)しく逝く
●○●●●○●

セミ

ここでは、脚韻を平仄レベルで見ると、これまでと同じように、きちんと「○○●○」と「●●○●」の換句になっていることがわかります。

さらに、149句目から172句目までの平仄、四声、韻目を各句ごとに詳しく見ると、次のようになります。

漢字 平仄 四声 韻目

《第149句》
噫  ○ 上平声 四支
吁  ○ 上平声 七虞
死  ● 上声  四紙
生  ○ 下平声 八庚 
皆  ○ 上平声 九佳
是  ● 上声  四紙
天  ○ 下平声 一先

《第150句》
幼  ● 去声  二六宥 
君  ○ 上平声 十二文 
何  ○ 下平声 五歌 
意  ● 去声  四寘 
去  ● 去声  六御 
茫  ○ 下平声 七陽 
然  ○ 下平声 一先 
《第151句》
夫  ○ 上平声 七虞 
人  ○ 上平声 十一眞
日  ● 入声  四質 
夕  ● 入声  十一陌
思  ● 去声  四寘 (名詞用法)
慕  ● 去声  七遇 
切  ● 入声  九屑 

《第152句》
又  ● 去声  二六宥 
辞  ○ 上平声 四支 
人  ○ 上平声 十一眞
世  ● 去声  八霽 
客  ● 入声  十一陌
黄  ○ 下平声 七陽 
泉  ○ 下平声 一先 

《第153句》
唯  ○ 上平声 四支 
喜  ● 上声  四紙 
令  ● 去声  二四敬
娘  ○ 下平声 七陽 
今  ○ 下平声 十二侵 
尚  ● 去声  二三漾 
健  ● 去声  十四願 

《第154句》
独  ● 入声  一屋 
赴  ● 去声  七遇 
南  ○ 下平声 十三覃
都  ○ 上平声 七虞 
依  ○ 上平声 五微 
親  ○ 上平声 十一眞 
近  ● 上声  十二吻 
  
《第155句》
来  ○ 上平声 十灰
時  ○ 上平声 四支
就  ● 去声  二六宥
求  ○ 下平声 十一尤
一  ● 入声  四質
紙  ● 上声  四紙 
書  ○ 上平声 六魚

《第156句》
開  ○ 上平声 十灰 
髻  ● 去声  八霽
出  ● 入声  四質 
書  ○ 上平声 六魚 
通  ○ 上平声 一東 
信  ● 去声  十二震 
問  ● 去声  十三問 

《第157句》
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
展  ● 上声  十六銑
書  ○ 上平声 六魚 
読  ● 入声  一屋 
幾  ● 去声  四寘 
回  ○ 上平声 十灰 

《第158句》
書  ○ 上平声 六魚 
中  ○ 上平声 一東 
只  ● 上声  四紙 
道  ● 去声  二十號
早  ● 上声  十九晧
帰  ○ 上平声 五微 
来  ○ 上平声 十灰 

《第159句》
痿  ○ 上平声 四支
者  ● 上声  二一馬 
終  ○ 上平声 一東 
身  ○ 上平声 十一眞
寧  ○ 下平声 九青 
忘  ● 去声  二三漾
起  ● 上声  四紙

《第160句》
赦  ● 去声  二二禡 
恩  ○ 上平声 十三元 
猶  ○ 下平声 十一尤 
未  ● 去声  五未 
及  ● 入声  十四緝
蒿  ○ 下平声 四豪
莱  ○ 上平声 十灰

《第161句》
蒿  ○ 下平声 四豪
莱  ○ 上平声 十灰 
之  ○ 上平声 四支  
中  ○ 上平声 一東 
無  ○ 上平声 七虞 
暦  ● 入声  十二錫
日  ● 入声  四質 

《第162句》
只  ● 上声  四紙 
有  ● 上声  二五有
気  ● 去声  五未 
候  ● 去声  二六宥
分  ○ 上平声 十二文
寒  ○ 上平声 十四寒
熱  ● 入声  九屑 

《第163句》
花  ○ 下平声 六麻 
発  ● 入声  六月
知  ○ 上平声 四支 
春  ○ 上平声 十一眞 
葉  ● 入声  十六葉
落  ● 入声  十薬
秋  ○ 下平声 十一尤

《第164句》
夏  ● 去声  二二禡  
聴  ○ 下平声 九青 
蝉  ○ 下平声 一先 
声  ○ 下平声 八庚 
冬  ○ 上平声 二冬 
見  ● 去声  十七霰 
雪  ● 入声  九屑 

《第165句》
三  ○ 下平声 十三覃
年  ○ 下平声 一先   
孤  ○ 上平声 七虞 
島  ● 上声  十九晧
日  ● 入声  四質
遅  ○ 上平声 四支
遅  ○ 上平声 四支

《第166句》
憶  ● 入声  十三職
起  ● 上声  四紙 
当  ● 去声  二三漾 
年  ○ 下平声 一先
被  ● 上声  四紙 
執  ● 入声  十四緝
時  ○ 上平声 四支 

《第167句》
被  ● 上声  四紙
執  ● 入声  十四緝
寧  ○ 下平声 九青 
知  ○ 上平声 四支 
為  ○ 上平声 四支 
永  ● 上声  二三梗
訣  ● 入声  九屑

《第168句》
天  ○ 下平声 一先
涯  ○ 上平声 九佳
地  ● 去声  四寘
角  ● 入声  三覺
長  ○ 下平声 七陽 
相  ○ 下平声 七陽 
思  ○ 上平声 四支 (動詞用法)

《第169句》
苦  ● 上声  七麌
辛  ○ 上平声 十一眞 
不  ● 入声  五物 
願  ● 去声  十四願 
在  ● 上声  十賄 (動詞用法)
人  ○ 上平声 十一眞
世  ● 去声  八霽

《第170句》
一  ● 入声  四質 
死  ● 上声  四紙 
唯  ○ 上平声 四支 
分  ○ 上平声 十二文 
葬  ● 去声  二三漾 
荒  ○ 下平声 七陽 
裔  ● 去声  八霽

《第171句》
絶  ● 入声  九屑
食  ● 入声  十三職
両  ● 上声  二二養
旬  ○ 上平声 十一眞
遂  ● 去声  四寘 
易  ● 入声  十一陌
床  ○ 下平声 七陽

《第172句》
海  ● 上声  十賄 
雲  ○ 上平声 十二文 
惨  ● 上声  二七感 
憺  ● 去声  二十八勘
水  ● 上声  四紙 
空  ○ 上平声 一東 
逝  ● 去声  八霽

これまでのように、1、2、4句の脚韻に関する部分を抜き出してみると――

1 天  ○ 下平声 一先
2 然  ○ 下平声 一先
4 泉  ○ 下平声 一先 

1 健  ● 去声  十四願
2 近  ● 上声  十二吻
4 問  ● 去声  十三問

1 回  ○ 上平声 十灰
2 来  ○ 上平声 十灰 
4 莱  ○ 上平声 十灰

1 日  ● 入声  四質 
2 熱  ● 入声  九屑
4 雪  ● 入声  九屑

1 遅  ○ 上平声 四支
2 時  ○ 上平声 四支
4 思  ○ 上平声 四支

1 世  ● 去声  八霽
2 裔  ● 去声  八霽
4 逝  ● 去声  八霽

149句目から172句目まででも、平仄はもちろん、だいたいのところで四声や韻目もそろっていることが分かります。


harutoshura at 14:15|PermalinkComments(0)市村瓚次郎 

2019年09月18日

「鬼界島」㉝(『於母影』156)

きのうに続いて、きょうは125句目から148句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

桑門昔日着袈裟  桑門の昔日は袈裟(けさ)を着し
○○●●●○○
玉殿金楼作我家  玉殿金楼を我が家と作(な)し
●●○○●●○
満室香烟長不絶  満室の香烟は長(とこし)えに絶えず
●●○○○●●
木魚声裡寄生涯  木魚の声裡(せいり)に生涯を寄せしことを
●○○●●○○

自古人生似夢幻  古(いにしえ)より人生は夢幻に似たり
●●○○●●●
江湖何事足憂患  江湖(こうこ)何事ぞ憂患するに足らん
○○○●●○●
一朝誤作遷謫客  一朝誤つて遷謫(せんたく)の客と作るも  
●○●●○●●
往事茫茫不可諌  往事は茫茫として諌(いさ)むべからずと
●●○○●●●

言終唯有涙滂滂  言終つて唯だ涙の滂滂たる有るのみ
○○○●●○○
此時蟻王亦惨傷  此の時蟻王も亦惨(いた)み傷(かなし)み
●○●○●●○
説尽往年多少事  説き尽くす往年多少の事
●●●○○●●
毎談一事一悲傷  一事を談ずる毎(ごと)に一悲傷(ひしよう)あり
●○●●●○○

尚記当年謀泄日  尚お記す当年謀泄(はかりごとも)るるの日
●●●○○●●
捕卒幾十来入室  捕卒(ほそつ)幾十来りて室に入り
●●●●○●●
奪略家財無所遺  家財を奪略して遺(のこ)す所なし
●●○○○●○
殺人如麻何知恤  人を殺すこと麻の如く何ぞ恤(あわれ)むを知らん
●○○○○○●

此時夫人携両児  此の時夫人両児を携(たずさ)え
●○○○○●○
鞍馬山下去栖遅  鞍馬の山下に去りて栖遅(せいち)す
○●○●●○○
有時往来問安否  時有つて往来し安否を問うに
●○●○●○●
談到主君便増悲  談主君に到れば便(すなわ)ち悲しみを増す
○●●○●○○

幼君不解当年事  幼君は当年の事を解さず
●○●●●○●
只喜孤臣左右侍  只だ孤臣の左右に侍するを喜ぶのみ
●●○○●●●
常道家厳在遠方  常に道(い)う家厳(かげん)遠方に在り
○●○○●●○
与汝相携到其地  汝と相い携えて其の地に到らんと
●●○○●○●

けさ

ここでは、脚韻を平仄レベルで見ると1カ所「●●●●」がありますが、これまでと同じように、おおよそ「○○●○」と「●●○●」の換句となっていると見てよさそうです。

さらに、125句目から148句目までの平仄、四声、韻目を各句ごとに詳しく見ると、次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第125句》
桑  ○ 下平声 七陽 
門  ○ 上平声 十三元 
昔  ● 入声  十一陌 
日  ● 入声  四質 
着  ● 入声  十薬 
袈  ○ 下平声 六麻
裟  ○ 下平声 六麻

《第126句》  
玉  ● 入声  二沃 
殿  ● 去声  十七霰 
金  ○ 下平声 十二侵 
楼  ○ 下平声 十一尤 
作  ● 入声  十薬 
我  ● 上声  二〇哿 
家  ○ 下平声 六麻 
《第127句》
満  ● 上声  十四旱 
室  ● 入声  四質
香  ○ 下平声 七陽 
裀  ○ 上平声 十一真
長  ○ 下平声 七陽 
不  ● 入声  五物 
絶  ● 入声  九屑 

《第128句》
木  ● 入声  一屋 
魚  ○ 上平声 六魚 
声  ○ 下平声 八庚 
裡  ● 上声  四紙
寄  ● 去声  四寘 
生  ○ 下平声 八庚 
涯  ○ 上平声 九佳 

《第129句》
自  ● 去声  四寘 
古  ● 上声  七麌 
人  ○ 上平声 十一眞 
生  ○ 下平声 八庚 
似  ● 上声  四紙 
夢  ● 去声  一送 
幻  ● 去声  十六諌 

《第130句》
江  ○ 上平声 三江 
湖  ○ 上平声 七虞 
何  ○ 下平声 五歌 
事  ● 去声  四寘 
足  ● 去声  七遇
憂  ○ 下平声 十一尤 
患  ● 去声  十六諌 

《第131句》
一  ● 入声  四質 
朝  ○ 下平声 二蕭 
誤  ● 去声  七遇 
作  ● 入声  十薬 
遷  ○ 下平声 一先 
謫  ● 入声  十一陌
客  ● 入声  十一陌
 
《第132句》
往  ● 上声  二二養 
事  ● 去声  四寘 
茫  ○ 下平声 七陽 
茫  ○ 下平声 七陽 
不  ● 入声  五物 
可  ● 上声  二〇哿 
諌  ● 上声  一董

《第133句》
言  ○ 上平声 十三元 
終  ○ 上平声 一東 
唯  ○ 上平声 四支 
有  ● 上声  二五有
涙  ● 去声  四寘 
滂  ○ 下平声 七陽
滂  ○ 下平声 七陽

《第134句》
此  ● 上声  四紙
時  ○ 上平声 四支
蟻  ● 上声  四紙 
王  ○ 下平声 七陽 (名詞用法)
亦  ● 入声  十一陌 
惨  ● 上声  二七感
傷  ○ 下平声 七陽

《第135句》
説  ● 入声  九屑 
尽  ● 上声  十一軫 
往  ● 上声  二二養 
年  ○ 下平声 一先 
多  ○ 下平声 五歌 
少  ● 上声  十七篠 
事  ● 去声  四寘 
《第136句》
毎  ● 上声  十賄 
談  ○ 下平声 十三覃 
一  ● 入声  四質 
事  ● 去声  四寘 
一  ● 入声  四質 
悲  ○ 上平声 四支 
傷  ○ 下平声 七陽 

《第137句》
尚  ● 去声  二三漾 
記  ● 去声  四寘 
当  ● 去声  二三漾 
年  ○ 下平声 一先 
謀  ○ 下平声 十一尤
泄  ● 去声  八霽 
日  ● 入声  四質 

《第138句》
捕  ● 去声  七遇 
卒  ● 入声  六月 
幾  ● 去声  四寘
十  ● 入声  十四緝
来  ○ 上平声 十灰 
入  ● 入声  十四緝 
室  ● 入声  四質 

《第139句》
奪  ● 入声  七曷 
略  ● 入声  十薬 
家  ○ 下平声 六麻 
財  ○ 上平声 十灰 
無  ○ 上平声 七虞 
所  ● 上声  六語 
遺  ○ 上平声 四支 

《第140句》
殺  ● 入声  八黠
人  ○ 上平声 十一眞
如  ○ 上平声 六魚 
麻  ○ 下平声 六麻 
何  ○ 下平声 五歌 
知  ○ 上平声 四支 
恤  ● 入声  四質

《第141句》
此  ● 上声  四紙
時  ○ 上平声 四支 
夫  ○ 上平声 七虞 
人  ○ 上平声 十一眞 
携  ○ 上平声 八齊 
両  ● 上声  二二養
児  ○ 上平声 四支 

《第142句》
鞍  ○ 上平声 十四寒
馬  ● 上声  二一馬
山  ○ 上平声 十五刪
下  ● 上声  二一馬 (名詞用法)
去  ● 去声  六御   
栖  ○ 上平声 八斉 
遅  ○ 上平声 四支 

《第143句》
有  ● 上声  二五有
時  ○ 上平声 四支 
往  ● 上声  二二養
来  ○ 上平声 十灰 
問  ● 去声  十三問 
安  ○ 上平声 十四寒 
否  ● 上声  二五有 

《第144句》
談  ○ 下平声 十三覃 
到  ● 去声  二十號 
主  ● 上声  七麌 
君  ○ 上平声 十二文 
便  ● 去声  十七霰 
増  ○ 下平声 十蒸 
悲  ○ 上平声 四支 

《第145句》
幼  ● 去声  二六宥
君  ○ 上平声 十二文
不  ● 入声  五物 
解  ● 上声  九蟹
当  ● 去声  二三漾
年  ○ 下平声 一先 
事  ● 去声  四寘 

《第146句》
只  ● 上声  四紙
喜  ● 上声  四紙
孤  ○ 上平声 七虞 
臣  ○ 上平声 十一眞
左  ● 上声  二〇哿
右  ● 去声  二六宥
侍  ● 去声  四寘

《第147句》
常  ○ 下平声 七陽 
道  ● 去声  二十號 
家  ○ 下平声 六麻 
厳  ○ 下平声 十四塩 
在  ● 上声  十賄 (動詞用法)
遠  ● 上声  十三阮 
方  ○ 下平声 七陽 

《第148句》
与  ● 上声  六語
汝  ● 上声  六語 
相  ○ 下平声 七陽
携  ○ 上平声 八齊
到  ● 去声  二十號
其  ○ 上平声 四支 
地  ● 去声  四寘 

これまでのように、1、2、4句の脚韻に関する部分を抜き出してみると――

1 裟  ○ 下平声 六麻
2 家  ○ 下平声 六麻
4 涯  ○ 上平声 九佳 

1 幻  ● 去声  十六諌
2 患  ● 去声  十六諌
4 諌  ● 上声  一董

1 滂  ○ 下平声 七陽
2 傷  ○ 下平声 七陽
4 傷  ○ 下平声 七陽 

1 日  ● 入声  四質
2 室  ● 入声  四質
4 恤  ● 入声  四質

1 児  ○ 上平声 四支
2 遅  ○ 上平声 四支
4 悲  ○ 上平声 四支

1 事  ● 去声  四寘  
2 侍  ● 去声  四寘
4 地  ● 去声  四寘 

125句目から148句目まででも、平仄だけでなく、一部の例外を除いて四声や韻目もそろえていることが分かります。


harutoshura at 14:29|PermalinkComments(0)市村瓚次郎 

2019年09月17日

「鬼界島」㉜(『於母影』155)

きのうに続いて、きょうは101句目から124句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

唯頼帰人懇慰余  唯だ帰人の懇(ねんご)ろに余を慰めしを頼みにし
○●○○●●○
荏冉久待京師書  荏冉(じんぜん)久しく京師(けいし)の書を待つも
●●●●○○○
飛雁不来天地長  飛雁来らず天地長く
○●●○○●○  
幽憂之裡送居諸  幽憂の裡(うち)に居諸(きょしょ)を送る
○○○●●○○

島中固不事稼穡  島中固(もと)より稼穡(かしょく)を事とせず
●○●●●●●
幾為衣食労身力  幾(ほと)んど衣食の為めに身力(しんりょく)を労す
○●○●○○●
瘴烟深処採硫黄  瘴烟(しょうえん)深き処に硫黄(ゆおう)を採り
●○○●●○○
売与商人換衣食  商人に売り与えて衣食に換(か)う
●●○○●○●

爾来身力日愈衰  爾来(じらい)身力日に愈(いよい)よ衰え
●○○●●●○
不踏窮山僻水危  窮山僻水(きゅうざんへきすい)の危きを踏まず
●●○○●●○
時従漁人請魚去  時に漁人(ぎょじん)より魚を請いて去り
○○○○●○●
又拾蚌〓充調飢  また蚌(ぼう)いつを拾いて飢を調(ととの)うに充(あ)つ 
●●●●○○○  

天涯誰復憐落魄  天涯誰か復(ま)た落魄(らくはく)を憐まん
○○○●○●●
蕭然独結環堵宅  蕭然(しょうぜん)として独り環堵(かんと)の宅を結べり
○○●●○●●
従此与汝携手去  此れより汝と手を携えて去り
○●●●○●●
通宵交膝話今昔  通宵(つうしょう)膝を交えて今昔を語らんと
○○○●●○●

乃沿海上又曳筇  乃(すなわ)ち海上に沿いてまた筇(つえ)を曳けば
●○●●●●○
巌辺遥認一株松  巌辺(がんぺん)遥かに認む一株(しゅ)の松
○○○●●○○  
松影参差蔽孤宅  松影参差(しょうえいしんし)して孤宅を蔽(おお)い
○●○○●○●  
草扉竹椽碧苔封  草扉竹椽(そうひちくでん)は碧苔(へきたい)封ぜり
●○●○●○○

且道秋宵明月色  且つ道(い)う秋宵明月の色
●●○○○●●
皎々何意入戸側  皎々(きょうきょう)として何の意ぞ戸の側(かたわら)に入る 
●●○●●●● 
夜半時聴風雨声  夜半(やはん)時に風雨の声を聴けば
●●○○○●○
湿入敗裍身自識  湿りは敗裍(はいいん)に入って身は自ずから識る
●●●○○●●

松

ここに見られるように、脚韻は一部に「○○○○」「●●●●」となっているところもありますが、これまで同様、おおよそ「○○●○」と「●●○●」の換句となっていると見てよさそうです。

101句目から124句目までの平仄、四声、韻目を各句ごとに詳しく見ると、次のようになります。

《第101句》
唯  ○ 上平声 四支 
頼  ● 去声  九泰 
帰  ○ 上平声 五微 
人  ○ 上平声 十一眞 
懇  ● 上声  十三阮 
慰  ● 去声  五未 
余  ○ 上平声 六魚 

《第102句》
荏  ● 上声  二十六寝
冉  ● 上声  二十八琰
久  ● 上声  二五有 
待  ● 上声  十賄 
京  ○ 下平声 八庚   
師  ○ 上平声 四支  
書  ○ 上平声 六魚 

《第103句》
飛  ○ 上平声 五微
雁  ● 去声  十六諌
不  ● 入声  五物
来  ○ 上平声 十灰 
天  ○ 下平声 一先 
地  ● 去声  四寘 
長  ○ 下平声 七陽 

《第104句》
幽  ○ 下平声 十一尤 
憂  ○ 下平声 十一尤 
之  ○ 上平声 四支 
裡  ● 上声  四紙
送  ● 去声  一送 
居  ○ 上平声 六魚 
諸  ○ 上平声 六魚 

《第105句》
島  ● 上声  十九晧 
中  ○ 上平声 一東 
固  ● 去声  七遇
不  ● 入声  五物
事  ● 去声  四寘 
稼  ● 去声  二二禡 
穡  ● 入声  十三職

《第106句》
幾  ○ 上平声 五微 
為  ● 去声  四寘 
衣  ○ 上平声 五微 (名詞用法)
食  ● 入声  十三職 
労  ○ 下平声 四豪 
身  ○ 上平声 十一眞 
力  ● 入声  十三職 
《第107句》
瘴  ● 去声  二十三漾
烟  ○ 下平声 一先
深  ○ 下平声 十二侵 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)
採  ● 上声  十賄 
硫  ○ 下平声 十一尤 
黄  ○ 下平声 七陽 

《第108句》
売  ● 去声  十卦 
与  ● 上声  六語  
商  ○ 下平声 七陽 
人  ○ 上平声 十一眞 
換  ● 去声  十五翰 
衣  ○ 上平声 五微 (名詞用法)
食  ● 入声  十三職 

《第109句》
爾  ● 上声  四紙 
来  ○ 上平声 十灰 
身  ○ 上平声 十一眞 
力  ● 入声  十三職 
日  ● 入声  四質 
愈  ● 上声  七麌
衰  ○ 上平声 四支 

《第110句》
不  ● 入声  五物 
踏  ● 入声  十五合 
窮  ○ 上平声 一東 
山  ○ 上平声 十五刪 
僻  ● 入声  十一陌 
水  ● 上声  四紙 
危  ○ 上平声 四支 

《第111句》
時  ○ 上平声 四支
従  ○ 上平声 二冬 
漁  ○ 上平声 六魚
人  ○ 上平声 十一眞 
請  ● 上声  二三梗 
魚  ○ 上平声 六魚 
去  ● 去声  六御 

《第112句》
又  ● 去声  二六宥
拾  ● 入声  十四緝 
蚌  ● 上声  三講
〓鷸 ● 入声  四質
充  ○ 上平声 一東 
調  ○ 下平声 二蕭 
飢  ○ 上平声 四支 

《第113句》
天  ○ 下平声 一先 
涯  ○ 上平声 九佳 
誰  ○ 上平声 四支 
復  ● 去声  二六宥 
憐  ○ 下平声 一先 
落  ● 入声  十薬 
魄  ● 入声  十一陌

《第114句》 
蕭  ○ 下平声 二蕭 
然  ○ 下平声 一先 
独  ● 入声  一屋 
結  ● 入声  九屑 
環  ○ 上平声 十五刪 
堵  ● 上声  七麌
宅  ● 入声  十一陌

《第115句》
従  ○ 上平声 二冬 
此  ● 上声  四紙 
与  ● 上声  六語 
汝  ● 上声  六語 
携  ○ 上平声 八齊 
手  ● 上声  二五有 
去  ● 去声  六御 

《第116句》
通  ○ 上平声 一東 
宵  ○ 下平声 二蕭 
交  ○ 下平声 三肴 
膝  ● 入声  四質 
話  ● 去声  十卦
今  ○ 下平声 十二侵
昔  ● 入声  十一陌

《第117句》
乃  ● 上声  十賄
沿  ○ 下平声 一先
海  ● 上声  十賄 
上  ● 去声  二三漾 (名詞用法)
又  ● 去声  二六宥 
曳  ● 去声  八霽
筇  ○ 上平声 二冬

《第118句》
巌  ○ 下平声 十五咸
辺  ○ 下平声 一先 
遥  ○ 下平声 二蕭 
認  ● 去声  十二震 
一  ● 入声  四質 
株  ○ 上平声 七虞 
松  ○ 上平声 二冬 

《第119句》
松  ○ 上平声 二冬 
影  ● 去声  二四敬 
参  ○ 下平声 十三覃
差  ○ 下平声 六麻 
蔽  ● 去声  八霽 
孤  ○ 上平声 七虞
宅  ● 入声  十一陌

《第120句》
草  ● 上声  十九晧 
扉  ○ 上平声 五微 
竹  ● 入声  一屋
椽  ○ 下平声 一先
碧  ● 入声  十一陌
苔  ○ 上平声 十灰 
封  ○ 上平声 二冬 

《第121句》
且  ● 上声  二一馬 
道  ● 去声  二十號 
秋  ○ 下平声 十一尤 
宵  ○ 下平声 二蕭    
明  ○ 下平声 八庚 
月  ● 入声  六月 
色  ● 入声  十三職

《第122句》
皎  ● 上声  十七篠
皎  ● 上声  十七篠
何  ○ 下平声 五歌 
意  ● 去声  四寘 
入  ● 入声  十四緝 
戸  ● 上声  七麌 
側  ● 入声  十四緝 

《第123句》
夜  ● 去声  二二禡 
半  ● 去声  十五翰
時  ○ 上平声 四支 
聴  ○ 下平声 九青 
風  ○ 上平声 一東 
雨  ● 上声  七麌 (名詞用法)
声  ○ 下平声 八庚 

《第124句》
湿  ● 入声  十四緝 
入  ● 入声  十四緝 
敗  ● 去声  十卦 
裀  ○ 上平声 十一真
身  ○ 上平声 十一眞 
自  ● 去声  四寘 
識  ● 入声  十三職 

さらに、101句目から124句目まで、4句ごとに分けたときの第1・2句と第4句の脚韻に注目すると――

1 余  ○ 上平声 六魚
2 書  ○ 上平声 六魚
4 諸  ○ 上平声 六魚

1 穡  ● 入声  十三職
2 力  ● 入声  十三職
4 食  ● 入声  十三職 

1 衰  ○ 上平声 四支 
2 危  ○ 上平声 四支  
4 飢  ○ 上平声 四支 

1 魄  ● 入声  十一陌
2 宅  ● 入声  十一陌
4 昔  ● 入声  十一陌

1 筇  ○ 上平声 二冬
2 松  ○ 上平声 二冬
4 封  ○ 上平声 二冬

1 色  ● 入声  十三職
2 側  ● 入声  十四緝
4 識  ● 入声  十三職 

77句から100句目までについても、平仄だけでなく四声や韻目までも、第1・2句と第4句の脚韻をほとんど完全にそろえていることがわかります。


harutoshura at 23:01|PermalinkComments(0)市村瓚次郎 

2019年09月16日

「鬼界島」㉛(『於母影』154)

きのうに続いて、きょうは77句目から100句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

中有一人能解心  中に一人あり能く心を解し
○●●○○●○
言是前日沢畔吟  言う 是れ前日沢の畔に吟ぜしも
○●○●●●○
不知今日在何処  今日何処(いずこ)に在るやを知らず
●○○●●○●
須向峰巒深処尋  須らく峰巒(ほうらん)深き処に向いて尋ぬべしと
○●○○○●○

山高谷深行路窄  山高く谷深く行路窄(せま)く
○○●○○●●
嵐気襲人天欲夕  嵐気人を襲うて天夕べならんと欲す
○●●○○●●
一径窮処荊棘深  一径窮(きわ)まる処荊棘(けいきょく)深く
●●○●○●○
晩風凄々乱雲白  晩風凄々(せいせい)として乱雲白し
●○○○●○●

転歩更向海辺行  歩を転じて更に海辺に向いて行けば
●●●●●○○
路上沙清鳥迹明  路上沙(すな)清く鳥迹(ちょうせき)明らかに
●●○○●●○
四望蒼然人不見  四望(しぼう)蒼然として人見えず
●●○○○●●
烟波深処海鴎鳴  烟波(えんぱ)深き処に海鴎(かいおう)鳴く
○○○●●○○

乍認老翁来海上  乍(たちま)ち認む老翁の海上に来れるを
●●●○○●●
倚杖大息気惨愴  杖に倚りて大息し気惨愴(さんそう)たり
●●●●●●●
痩臂倒提数尾魚  痩臂(そうひ)もて数尾の魚を倒(さか)しまに提(さ)げ
●●●○●●○
破衣乱髪無人状  破衣(はい)乱髪人の状(さま)なし
●○●●○○●

相逢先問僧都蹤  相い逢うて先ず僧都の蹤(あと)を問うに
○○○●○○○
寧料僧都是老翁  寧(いずく)んぞ料(はか)らん僧都は是れ老翁なりしとは
○●○○●●○
両人相対掩顔泣  両人相い対して顔を掩(おお)うて泣き
●○○●●○●
談今話昔感無窮  今を談じ昔を話して感窮まり無し
○○●●●○○

謝汝能凌淼漫海  謝す汝の能く淼漫(びょうまん)たる海を凌ぎ
●●○○●●●
万里来尋忘身殆  万里来り尋ねて身の殆(あやう)きをも忘れしことを 
●●○○●○●
回首往事都如夢  首(こうべ)を回(めぐ)らせば往事は都(すべ)て夢の如し
○●●●○○●
欲死未死身猶在  死なんと欲するも未だ死せずして身猶(な)お在り
●●●●○○●

乱層雲

ここにあげた77句目から100句目までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第77句》
中  ○ 上平声 一東 
有  ● 上声  二五有 
一  ● 入声  四質   
人  ○ 上平声 十一眞 
能  ○ 下平声 十蒸 
解  ● 上声  九蟹 
心  ○ 下平声 十二侵 

《第78句》
言  ○ 上平声 十三元 
是  ● 上声  四紙 
前  ○ 下平声 一先 
日  ● 入声  四質 
沢  ● 入声  十一陌 
畔  ● 去声  十五翰 
吟  ○ 下平声 十二侵
 
《第79句》
不  ● 入声  五物 
知  ○ 上平声 四支 
今  ○ 下平声 十二侵 
日  ● 入声  四質 
在  ● 上声  十賄 (動詞用法)
何  ○ 下平声 五歌 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)

《第80句》
須  ○ 上平声 七虞 
向  ● 去声  二三漾
峰  ○ 上平声 二冬 
巒  ○ 上平声 十四寒
深  ○ 下平声 十二侵 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)
尋  ○ 下平声 十二侵 

《第81句》
山  ○ 上平声 十五刪 
高  ○ 下平声 四豪 
谷  ● 入声  一屋 
深  ○ 下平声 十二侵 
行  ○ 下平声 七陽 
路  ● 去声  七遇 
窄  ● 入声  十一陌

《第82句》
嵐  ○ 下平声 十三覃
気  ● 去声  五未 
襲  ● 入声  十四緝 
人  ○ 上平声 十一眞 
天  ○ 下平声 一先 
欲  ● 入声  二沃 
夕  ● 入声  十一陌 
《第83句》
一  ● 入声  四質
径  ● 去声  二五徑
窮  ○ 上平声 一東 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)
荊  ○ 下平声 八庚 
棘  ● 入声  十三職 
深  ○ 下平声 十二侵 

《第84句》
晩  ● 上声  十三阮 
風  ○ 上平声 一東 
凄  ○ 上平声 八齊 
凄  ○ 上平声 八齊 
乱  ● 去声  十五翰 
雲  ○ 上平声 十二文 
白  ● 入声  十一陌 
《第85句》
転  ● 上声  十六銑 
歩  ● 去声  七遇 
更  ● 去声  二四敬 
向  ● 去声  二三漾 
海  ● 上声  十賄 
辺  ○ 下平声 一先  
行  ○ 下平声 八庚 

《第86句》
路  ● 去声  七遇 
上  ● 去声  二三漾 (名詞用法)
沙  ○ 下平声 六麻 
清  ○ 下平声 八庚 
鳥  ● 上声  十七篠 
迹  ● 入声  十一陌
明  ○ 下平声 八庚 

《第87句》
四  ● 去声  四寘 
望  ● 去声  二三漾 
蒼  ○ 下平声 七陽 
然  ○ 下平声 一先 
人  ○ 上平声 十一眞 
不  ● 入声  五物 
見  ● 去声  十七霰 

《第88句》
烟  ○ 下平声 一先
波  ○ 下平声 五歌 
深  ○ 下平声 十二侵 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)
海  ● 上声  十賄 
鴎  ○ 下平声 十一尤 
鳴  ○ 下平声 八庚 
《第89句》
乍  ● 去声  二二禡 
認  ● 去声  十二震 
老  ● 上声  十九晧 
翁  ○ 上平声 一東 
来  ○ 上平声 十灰 
海  ● 上声  十賄 
上  ● 去声 二三漾 (名詞用法)

《第90句》 
倚  ● 上声 四紙
杖  ● 上声 二二養 
大  ● 去声 九泰 
息  ● 入声 十三職 
気  ● 去声 五未 
惨  ● 上声 二七感 
愴  ● 去声 二三漾

《第91句》 
痩  ●  去声  二十六宥
臂  ●  去声  四寘
倒  ●  去声  二十号 
提  ○  上平声 八齊 
数  ●  去声  七遇 (名詞用法)
尾  ●  上声  五尾 
魚  ○  上平声 六魚 

《第92句》
破  ● 去声  二一箇
衣  ○ 上平声 五微 (名詞用法)
乱  ● 去声  十五翰 
髪  ● 入声  六月 
無  ○ 上平声 七虞 
人  ○ 上平声 十一眞 
状  ● 去声  二三漾 

《第93句》
相  ○ 下平声 七陽 
逢  ○ 上平声 二冬
先  ○ 下平声 一先 
問  ● 去声  十三問 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
蹤  ○ 上平声 二冬  

《第94句》
寧  ○ 下平声 九青   
料  ● 去声  十八嘯 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
是  ● 上声  四紙 
老  ● 上声  十九晧 
翁  ○ 上平声 一東 

《第95句》
両  ● 上声  二二養 
人  ○ 上平声 十一眞 
相  ○ 下平声 七陽 
対  ● 去声  十一隊 
掩  ● 上声  二十八琰
顔  ○ 上平声 十五刪 
泣  ● 入声  十四緝 

《第96句》
談  ○ 下平声 十三覃 
今  ○ 下平声 十二侵 
話  ● 去声  十卦 
昔  ● 入声  十一陌
感  ● 上声  二七感 
無  ○ 上平声 七虞 
窮  ○ 上平声 一東 

《第97句》
謝  ● 去声  二二禡 
汝  ● 上声  六語 
能  ○ 下平声 十蒸 
凌  ○ 下平声 十蒸  
淼  ● 上声  十七篠
漫  ● 去声  十五翰 
海  ● 上声  十賄 

《第98句》
万  ● 入声  四質
里  ● 上声  四紙 
来  ○ 上平声 十灰
尋  ○ 下平声 十二侵 
忘  ● 去声  二三漾
身  ○ 上平声 十一眞 
殆  ● 上声  十賄

《第99句》
回  ○ 上平声 十灰   
首  ● 上声  二五有 (名詞用法)
往  ● 上声  二二養
事  ● 去声  四寘 
都  ○ 上平声 七虞 
如  ○ 上平声 六魚 
夢  ● 去声  一送(○ 上平声 一東) 

《第100句》
欲  ● 入声  二沃 
死  ● 上声  四紙 
未  ● 去声  五未 
死  ● 上声  四紙 
身  ○ 上平声 十一眞 
猶  ○ 下平声 十一尤 
在  ● 上声  十賄 (動詞用法)

きのうも見たように、脚韻は、77句目から100句目までもほぼ「○○●○」と「●●○●」の換句として統一されていることがわかります。また、4句ごとに分けたときの第1・2句と第4句の脚韻を見ると、下記に示すようになっています。

1 心  ○ 下平声 十二侵
2 吟  ○ 下平声 十二侵
4 尋  ○ 下平声 十二侵

1 窄  ● 入声  十一陌
2 夕  ● 入声  十一陌
4 白  ● 入声  十一陌

1 行  ○ 下平声 八庚
2 明  ○ 下平声 八庚 
4 鳴  ○ 下平声 八庚 

1 上  ● 去声 二三漾
2 愴  ● 去声 二三漾
4 状  ● 去声 二三漾 

1 蹤  ○ 上平声 二冬
2 翁  ○ 上平声 一東
4 窮  ○ 上平声 一東

1 海  ● 上声  十賄
2 殆  ● 上声  十賄
4 在  ● 上声  十賄 

77句から100句目までについても、第1・2句と第4句の脚韻を、平仄だけでなく四声や韻目までも、ほとんど完全にそろえていることがわかります。


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2019年09月15日

「鬼界島」㉚(『於母影』153)

きのうに続いて、きょうは53句目から76句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

江南四月草萋々  江南四月草萋々(せいせい)
○○●●●○○ 
千山花落杜鵑啼  千山花落ちて杜鵑(とけん)啼く
○○○●●●○
春色巳帰人未返  春色巳(すで)に帰つて人未だ返らず
○●●○○●●
暮雲遠樹魂転迷  暮雲遠樹に魂転(こんうた)た迷う
●○●●○●○

孤身直欲報恩遇  孤身直ちに恩遇に報(むく)いんと欲す
○○●●●○●
菽水奉歓寧遑顧  菽水歓を奉ずるに寧ぞ顧みる遑(いとま)あらんや
●●●○○○●
行李蕭然出郷関  行李(こうり)蕭然(しようぜん)として郷関を出で
○●○○●○○
独上蒼茫雲海路  独り蒼茫(そうぼう)たる雲海の路に上る
●●○○○●●

雲海蒼茫一葉舟  雲海蒼茫たり一葉の舟 
○●○○●●○
雲渺々兮水悠々  雲渺々(びようびよう)たり水悠々たり
○●●○●○○
唯有一封蔵髻裡  唯だ一封あり髻裡(けいり)に蔵す
○●●○○●●
海上自防萑苻憂  海上みずから萑苻(かんぷ)の憂を防ぐなり
●●●○○○○

任地形容太枯槁  任地の形容は太(はなは)だ枯槁(ここう)
●●○○●○●
行尽西海万里道  行き尽す西海(さいかい)万里の道
○●○●●●●
又従薩州托賈船  また薩州より賈船(こせん)に托し
●○●○●●○
布帆無恙達孤島  布帆恙(つつが)なく孤島に達す
●○○●●○●

島中風景異京華  島中の風景は京華と異り
●○○●●○○
不見田園種桑麻  田園に桑麻を種(う)うるを見ず
●●○○●○○
芳草満郊青漠々  芳草郊に満ちて青(せい)漠々
○●●○○●●
一路荒村落日斜  一路の荒村に落日斜めなり
●●○○●●○

逢人輙問僧都跡  人に逢うて輙(すなわ)ち僧都の跡を問うに
○○●●○○●
言語不通手加額  言語通ぜず手額(ひたい)に加う
○●●○●○●
誰知京洛寺門僧  誰か知る京洛(けいらく)寺門の僧
○○○●●○○
今作天涯淪落客  いま天涯に淪落の客と作(な)るとは  
○●○○○●●

ホトトギス

ここにあげた53句目から76句目までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第53句》
江  ○ 上平声 三江 
南  ○ 下平声 十三覃
四  ● 去声  四寘 
月  ● 入声  六月
草  ● 上声  十九晧
萋  ○ 上平声 八齊
萋  ○ 上平声 八齊
《第54句》
千  ○ 下平声 一先 
山  ○ 上平声 十五刪 
花  ○ 下平声 六麻 
落  ● 入声  十薬  
杜  ● 上声  七麌 
鵑  ● 下平声 一先
啼  ○ 上平声 八齊 

《第55句》
春  ○ 上平声 十一眞 
色  ● 入声  十三職 
巳  ● 上声  四紙
帰  ○ 上平声 五微 
人  ○ 上平声 十一眞 
未  ● 去声  五未 
返  ● 上声  十三阮 
《第56句》
暮  ● 去声  七遇 
雲  ○ 上平声 十二文 
遠  ● 上声  十三阮
樹  ● 去声  七遇 
魂  ○ 上平声 十三元 
転  ● 上声  十六銑 
迷  ○ 上平声 八齊 

《第57句》
孤  ○ 上平声 七虞 
身  ○ 上平声 十一眞 
直  ● 入声  十三職 
欲  ● 入声  二沃 
報  ● 去声  二十號 
恩  ○ 上平声 十三元 
遇  ● 去声  七遇 

《第58句》
菽  ● 入声  一屋
水  ● 上声  四紙 
奉  ● 上声  二腫 
歓  ○ 上平声 十四寒 
寧  ○ 下平声 九青 
遑  ○ 下平声 七陽
顧  ● 去声  七遇 

《第59句》
行  ○ 下平声 八庚 
李  ● 上声  四紙 
蕭  ○ 下平声 二蕭 
然  ○ 下平声 一先 
出  ● 入声  四質 
郷  ○ 下平声 七陽 
関  ○ 上平声 十五刪 

《第60句》
独  ● 入声  一屋 
上  ● 上声  二二養 (動詞用法)
蒼  ○ 下平声 七陽 
茫  ○ 下平声 七陽 
雲  ○ 上平声 十二文 
海  ● 上声  十賄 
路  ● 去声  七遇 

《第61句》
雲  ○ 上平声 十二文   
海  ● 上声  十賄 
蒼  ○ 下平声 七陽 
茫  ○ 下平声 七陽 
一  ● 入声  四質 
葉  ● 入声  十六葉 
舟  ○ 下平声 十一尤 

《第62句》
雲  ○ 上平声 十二文    
渺  ● 上声  十七篠 
渺  ● 上声  十七篠
兮  ○ 上平声 八斉 
水  ● 上声  四紙 
悠  ○ 下平声 十一尤 
悠  ○ 下平声 十一尤

《第63句》
唯  ○ 上平声 四支 
有  ● 上声  二五有
一  ● 入声  四質 
封  ○ 上平声 二冬 
蔵  ○ 下平声 七陽 (動詞用法)
髻  ● 去声  八霽
裡  ● 上声  四紙

《第64句》
海  ● 上声  十賄 
上  ● 去声  二三漾 (名詞用法)
自  ● 去声  四寘 
防  ○ 下平声 七陽 
萑  ○ 上平声 十四寒
苻  ○ 上平声 七虞
憂  ○ 下平声 十一尤 

《第65句》
任  ● 去声  二七沁 
地  ● 去声  四寘 
形  ○ 下平声 九青 
容  ○ 上平声 二冬 
太  ● 去声  九泰 
枯  ○ 上平声 七虞 
槁  ● 上声  十九晧

《第66句》
行  ○ 下平声 八庚 
尽  ● 上声  十一軫 
西  ○ 上平声 八齊 
海  ● 上声  十賄 
万  ● 入声  四質 
里  ● 上声  四紙 
道  ● 上声  十九晧 

《第67句》
又  ● 去声  二六宥 
従  ○ 上平声 二冬  
薩  ● 入声  七曷 
州  ○ 下平声 十一尤 
托  ● 入声  十薬
賈  ● 上声  七麌
船  ○ 下平声 一先

《第68句》
布  ● 去声  七遇 
帆  ○ 下平声 十五咸 
無  ○ 上平声 七虞 
恙  ● 去声  二十三漾
達  ● 入声  七曷 
孤  ○ 上平声 七虞 
島  ● 上声  十九晧 

《第69句》
島  ● 上声  十九晧 
中  ○ 上平声 一東 
風  ○ 上平声 一東 
景  ● 上声  二三梗 
異  ● 去声  四寘 
京  ○ 下平声 八庚 
華  ○ 下平声 六麻 

《第70句》
不  ● 入声  五物 
見  ● 去声  十七霰 
田  ○ 下平声 一先 
園  ○ 上平声 十三元 
種  ● 去声  二宋
桑  ○ 下平声 七陽 
麻  ○ 下平声 六麻 

《第71句》
芳  ○ 下平声 七陽
草  ● 上声  十九晧 
満  ● 上声  十四旱 
郊  ○ 下平声 三肴
青  ○ 下平声 九青
漠  ● 入声  十薬
漠  ● 入声  十薬

《第72句》
一  ● 入声  四質 
路  ● 去声  七遇 
荒  ○ 下平声 七陽 
村  ○ 上平声 十三元 
落  ● 入声  十薬 
日  ● 入声  四質
斜  ○ 下平声 六麻
《第73句》
逢  ○ 上平声 二冬  
人  ○ 上平声 十一眞
輙  ● 入声  十六葉
問  ● 去声  十三問 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
跡  ● 入声  十一陌 
《第74句》
言  ○ 上平声 十三元 
語  ● 上声  六語 
不  ● 入声  五物 
通  ○ 上平声 一東
手  ● 上声  二五有
加  ○ 下平声 六麻 
額  ● 入声  十一陌

《第75句》
誰  ○ 上平声 四支 
知  ○ 上平声 四支 
京  ○ 下平声 八庚 
洛  ● 入声  十薬
寺  ● 去声  四寘 
門  ○ 上平声 十三元 
僧  ○ 下平声 十蒸
 
《第76句》
今  ○ 下平声 十二侵 
作  ● 入声  十薬 
天  ○ 下平声 一先 
涯  ○ 上平声 九佳 
淪  ○ 上平声 十一真
落  ● 入声  十薬 
客  ● 入声  十一陌 

52句までと同じように、53句目から76句目までもきれいに「○○●○」と「●●○●」の換句となっていることがわかります。

しかも、4句ごとに分けたときの第1・2句と第4句の脚韻を見ると下記に示したようになっていることがわかります。

1 萋  ○ 上平声 八齊
2 啼  ○ 上平声 八齊 
4 迷  ○ 上平声 八齊

1 遇  ● 去声  七遇
2 顧  ● 去声  七遇
4 路  ● 去声  七遇

1 舟  ○ 下平声 十一尤
2 悠  ○ 下平声 十一尤
4 憂  ○ 下平声 十一尤

1 槁  ● 上声  十九晧
2 道  ● 上声  十九晧
4 島  ● 上声  十九晧

1 華  ○ 下平声 六麻 
2 麻  ○ 下平声 六麻
4 斜  ○ 下平声 六麻

1 跡  ● 入声  十一陌
2 額  ● 入声  十一陌
4 客  ● 入声  十一陌

このように、53句目から76句目までについても、第1・2句と第4句の脚韻を、四声や韻目までも完全にそろえていることがわかります。


harutoshura at 13:57|PermalinkComments(0)市村瓚次郎 

2019年09月14日

「鬼界島」㉙(『於母影』152)

きのうに続いて、きょうは29句目から52句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

簑笠出迎鳥羽村  簑笠出でて鳥羽村に迎うるに
○●●○●●○ 
烟雨空濛昼尚昏  烟雨空濛として昼なお昏し
○●○○●●○
但見二轎向京至  但だ見る二轎の京に向いて至れるを
●●●●●○●
不見僧都空断魂  僧都を見ずして空しく魂を断つ
●●○○○●○

聞道罪深帰不得  聞道(きくならく)罪深くして帰り得られず
○●●○○●●
余生尚托蛟龍域  余生なお蛟龍の域に托せらると
○○●●○○●
向人数々問帰期  人に向いて数々(しばしば)帰期を問うも
●○●●●○○ 
帰期何日絶消息  帰期は何れの日か消息を絶つ
○○○●●○●

僧都有女年十三  僧都に女あり年十三
○○●●○●○
山桜経雨紅半含  山桜(さんのう)雨を経て紅半ば含めり
○○○●○●○
零落孤身托何処  零落の孤身托すは何処ぞ 
○●○○●○● 
南都城裡古茅庵  南都城裡の古き茅庵(ぼうあん)
○○○●●○○

茅庵雨歇風日美  茅庵(ぼうあん)雨歇(や)みて風日美しく
○○●●○●●
満地落花無声膩  満地の落花声無くして膩(なめら)かなり
●●●○○○●
門前乍聴響跫然  門前に乍(たちま)ち聴く響きの跫然たるを
○○●○●○○
即是蟻王尋女至  即ち是れ蟻王の女(じょ)を尋ねて至れるなり
●●●○○●●

相見未語涙朱垂  相い見て未だ語らざるに涙先ず垂れ
○●●●●○○
但道赦免不可期  但だ道(い)う赦免期すべからず
●●●●●●○
欲向海南問消息  南海に向いて消息を問わんと欲す
●●●○●○●
請君試写相思辞  請う君試みに相思の辞を写せと
●○●●○●○

少女聞之喜且泣  少女これを聞きて喜び且つ泣き
●●○○●●●
千行紅涙筆々湿  千行の紅涙(こうるい)に筆々湿れり
○○○●●●●
欲封又開開又封  封せんと欲してはまた開き開いてはまた封し
●○●○○●○
慇懃相托更嗚唈  慇懃に相い託して更に嗚唈(おゆう)す
○○○●●○●

煙雨

ここにあげた第29句から第52句までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第29句》
簑  ○ 下平声 五歌 
笠  ● 入声  十四緝
出  ● 入声  四質   
迎  ○ 下平声 八庚 
鳥  ● 上声  十七篠
羽  ● 上声  七麌 
村  ○ 上平声 十三元 

《第30句》
烟  ○ 下平声 一先
雨  ● 上声  七麌 名詞用法
空  ○ 上平声 一東 
濛  〇 上平声 一東
昼  ● 去声  二六宥 
尚  ● 去声  二三漾 
昏  ○ 上平声 十三元 

《第31句》 
但  ● 上声  十四旱 
見  ● 去声  十七霰 
二  ● 去声  四寘 
轎  ● 去声  十八嘯
向  ● 去声  二三漾 
京  ○ 下平声 八庚 
至  ● 去声  四寘 

《第32句》
不  ● 入声  五物 
見  ● 去声  十七霰 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
空  ○ 上平声 一東 
断  ● 上声 十四旱 
魂  ○ 上平声 十三元

《第33句》
聞  ○ 上平声 十二文 
道  ● 去声  二十號 
罪  ● 上声  十賄 
深  ○ 下平声 十二侵 
帰  ○ 上平声 五微 
不  ● 入声  五物 
得  ● 入声  十三職 

《第34句》
余  ○ 上平声 六魚 
生  ○ 下平声 八庚 
尚  ● 去声  二三漾 
托  ● 入声  十薬
蛟  ○ 下平声 三肴  
龍  ○ 上平声 二冬
域  ● 入声  十三職 

《第35句》
向  ● 去声  二三漾 
人  ○ 上平声 十一眞 
数  ● 入声  三覺 副詞用法
数  ● 入声  三覺 副詞用法
問  ● 去声  十三問 
帰  ○ 上平声 五微 
期  ○ 上平声 四支 

《第36句》
帰  ○ 上平声 五微 
期  ○ 上平声 四支 
何  ○ 下平声 五歌 
日  ● 入声  四質 
絶  ● 入声  九屑 
消  ○ 下平声 二蕭 
息  ● 入声  十三職 

《第37句》
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞    
有  ● 上声  二五有 
女  ● 上声  六語 
年  ○ 下平声 一先 
十  ● 入声  十四緝 
三  ○ 下平声 十三覃 

《第38句》
山  ○ 上平声 十五刪 
桜  ○ 下平声 八庚 
経  ○ 下平声 九青  
雨  ● 上声  七麌 (名詞用法)
紅  ○ 上平声 一東 
半  ● 去声  十五翰 
含  ○ 下平声 十三覃 

《第39句》
零  ○ 下平声 九青 
落  ● 入声  十薬 
孤  ○ 上平声 七虞 
身  ○ 上平声 十一眞 
托  ● 入声  十薬
何  ○ 下平声 五歌 
処  ● 去声  六御 (名詞用法)

《第40句》
南  ○ 下平声 十三覃 
都  ○ 上平声 七虞 
城  ○ 下平声 八庚 
裡  ● 上声  四紙
古  ● 上声  七麌 
茅  ○ 下平声 三肴 
庵  ○ 下平声 十三覃 

《第41句》
茅  ○ 下平声 三肴 
庵  ○ 下平声 十三覃 
雨  ● 上声  七麌 (名詞用法)
歇  ● 入声  六月
風  ○ 上平声 一東
日  ● 入声  四質 
美  ● 上声  四紙
 
《第42句》
満  ● 上声  十四旱 
地  ● 去声  四寘 
落  ● 入声  十薬 
花  ○ 下平声 六麻 
無  ○ 上平声 七虞 
声  ○ 下平声 八庚 
膩  ● 去声  四寘

《第43句》
門  ○ 上平声 十三元
前  ○ 下平声 一先 
乍  ● 去声  二二禡 
聴  ○ 下平声 九青  
響  ● 上声  二二養 
跫  ○ 上平声 二冬 
然  ○ 下平声 一先 

《第44句》
即  ● 入声  十三職 
是  ● 上声  四紙 
蟻  ● 上声  四紙 
王  ○ 下平声 七陽 (名詞用法)
尋  ○ 下平声 十二侵 
女  ● 上声  六語 
至  ● 去声  四寘 

《第45句》
相  ○ 下平声 七陽 
見  ● 去声  十七霰   
未  ● 去声  五未 
語  ● 上声  六語 
涙  ● 去声  四寘 
朱  ○ 上平声 七虞 
垂  ○ 上平声 四支

《第46句》 
但  ● 上声  十四旱 
道  ● 去声  二十號 
赦  ● 去声  二二禡 
免  ● 上声  十六銑 
不  ● 入声  五物 
可  ● 上声  二〇哿 
期  ○ 上平声 四支

《第47句》
欲  ● 入声  二沃 
向  ● 去声  二三漾 
海  ● 上声  十賄 
南  ○ 下平声 十三覃 
問  ● 去声  十三問 
消  ○ 下平声 二蕭 
息  ● 入声  十三職 

《第48句》
請  ● 上声  二三梗 
君  ○ 上平声 十二文 
試  ● 去声  四寘 
写  ● 上声  二一馬 
相  ○ 下平声 七陽 
思  ● 去声  四寘 (名詞用法)
辞  ○ 上平声 四支 

《第49句》
少  ● 去声  二三漾 
女  ● 上声  六語 
聞  ○ 上平声 十二文 
之  ○ 上平声 四支 
喜  ● 上声  四紙 
且  ● 上声  二一馬
泣  ● 入声  十四緝 
《第50句》
千  ○ 下平声 一先 
行  ○ 下平声 七陽 
紅  ○ 上平声 一東 
涙  ● 去声  四寘 
筆  ● 入声  四質 
筆  ● 入声  四質 
湿  ● 入声  十四緝 

《第51句》
欲  ● 入声  二沃 
封  ○ 上平声 二冬 
又  ● 去声  二六宥 
開  ○ 上平声 十灰 
又  ● 去声  二六宥 
開  ○ 上平声 十灰 
封  ○ 上平声 二冬 

《第52句》
慇  ○ 上平声 十二文 
懃  ○ 上平声 十二文 
相  ○ 下平声 七陽 
托  ● 入声  十薬
更  ● 去声  二四敬 
嗚  ○ 上平声 七虞
唈  ● 入声  十四緝

きのう見たように脚韻は第9句から「●●○●」とそれに対となる「○○●○」が代わる代わる表れてきましたが、29句目から52句目までもきれいに「○○●○」と「●●○●」の換句となっていることがわかります。

しかも、4句ごとに分けたときの第1・2句と第4句の脚韻を見ると下記に示したようになっていることがわかります。

1 村 ○ 上平声 十三元 
2 昏 ○ 上平声 十三元 
4 魂 ○ 上平声 十三元

1 得 ● 入声   十三職
2 域 ● 入声  十三職
4 息 ● 入声  十三職

1 三 ○ 下平声 十三覃 
2 含 ○ 下平声 十三覃 
4 庵 ○ 下平声 十三覃

1 美 ● 上声  四紙
2 膩 ● 去声  四寘
4 至 ● 去声  四寘

1 垂 ○ 上平声 四支
2 期 ○ 上平声 四支
4 辞 ○ 上平声 四支

1 泣 ● 入声  十四緝
2 湿 ● 入声  十四緝
4 唈 ● 入声  十四緝

このように、第29句から第52句までについても、第1・2句と第4句の脚韻を、四声や韻目までもほとんど完全にそろえていることがわかります。


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2019年09月13日

「鬼界島」㉘(『於母影』151)

きのうに続いて、きょうは9句目から28句目までの平仄について、4句ずつ眺めておくことにします。

慷慨有人聚壮士  慷慨(こうがい)人有り壮士を聚め
●●●○●●● 
夜深鹿谷誓生死  夜深く鹿谷に生死を誓うに
●○●●●○●
何物狡児泄秘謀  何物ぞ狡児の秘謀を泄(も)らし
○●●○●●○ 
一朝縲囚百事止  一朝縲囚せられて百事止む
●○○○●●●

三人同謫孤島中  三人同じく謫せらる孤島の中
○○○●○●○ 
蛮烟瘴雨又蜑風  蛮烟瘴雨また蜑(たん)風
○○●●●●○
雄心寂寞消磨尽  雄心寂寞として消磨し尽くし
○○●●○○●
身如断梗髪似蓬  身は断梗の如く髪は蓬に似たり
○○●●●●○

誰識禍福与時転  誰か識る禍福の時と与に転ずるを
○●●●●○● 
又見流人蒙赦免  また見る流人の赦免を蒙るを
●●○○○●●
遺恨千年天無情  遺恨千年 天無情
○●○○○○○ 
尚有僧都留不返  尚お僧都の留まりて返らざる有り
○●○○○●●

北望黯然魂欲消  北のかた望めば黯然魂消えんと欲す
●●●○○●○
浮雲積水路迢々  浮雲積水路迢々(ちょうちょう)
○○●●●○○
濤声入枕眠不得  濤声枕に入つて眠り得られず
○○●●○●●
憂心耿々度永宵  憂心耿々として永宵を度(わた)る
○○●●●●○

京師蟻王果何者  京師の蟻王果して何者ぞ 
○○●○●○● 
僧都恩遇尚所荷  僧都の恩遇は尚お荷(にの)う所
○○○●●●●
偶聞流人蒙赦皈  偶ま流人の赦を蒙りて皈るを聞き
●○○○○●○
窃喜僧都亦免禍  窃かに喜ぶ僧都も亦禍を免れしを
●●○○●●●

有王

ここにあげた第9句から第28句までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第9句》
慷  ●  上声  二十二養
慨  ●  去声  十一隊
有  ●  上声  二五有 
人  ○  上平声 十一眞 
聚  ●  去声  七遇
壮  ●  去声  二三漾
士  ●  上声  四紙 

《第10句》
夜  ●  去声  二二禡
深  ○  下平声 十二侵
鹿  ●  入声  一屋 
谷  ●  入声  一屋 
誓  ●  去声  八霽
生  ○  下平声 八庚 
死  ●  上声  四紙 

《第11句》
何  ○  下平声 五歌 
物  ●  入声  五物 
狡  ●  上声  十八巧
児  ○  上平声 四支 
泄  ●  去声  八霽 
秘  ●  去声  四寘 
謀  ○  下平声 十一尤 

《第12句》
一  ●  入声  四質 
朝  ○  下平声 二蕭 
縲  ○  上平声 四支
囚  ○  下平声 十一尤 
百  ●  入声  十一陌 
事  ●  去声  四寘 
止  ●  上声  四紙 

《第13句》
三  ○ 下平声 十三覃  
人  ○ 上平声 十一眞 
同  ○ 上平声 一東 
謫  ● 入声  十一陌
孤  ○ 上平声 七虞 
島  ● 上声  十九晧 
中  ○ 上平声 一東 

《第14句》
蛮  ○ 上平声 十五刪 
烟  ○ 下平声 一先
瘴  ● 去声  二十三漾
雨  ● 上声  七麌 (名詞用法)
又  ● 去声  二六宥  
蜑  ● 上声  十四旱
風  ○ 上平声 一東 

《第15句》
雄  ○ 上平声 一東 
心  ○ 下平声 十二侵
寂  ● 入声  十二錫 
寞  ● 入声  十薬
消  ○ 下平声 二蕭 
磨  ○ 下平声 五歌 
尽  ● 上声  十一軫 

《第16句》
身  ○ 上平声 十一眞 
如  ○ 上平声 六魚 
断  ● 上声  十四旱 
梗  ● 上声  二三梗 
髪  ● 入声  六月 
似  ● 上声  四紙 
蓬  ○ 上平声 一東 

《第17句》
誰  ○ 上平声 四支 
識  ● 入声  十三職 
禍  ● 上声  二〇哿 
福  ● 入声  一屋 
与  ● 上声  六語 
時  ○ 上平声 四支 
転  ● 上声  十六銑 

《第18句》
又  ● 去声  二六宥 
見  ● 去声  十七霰 
流  ○ 下平声 十一尤 
人  ○ 上平声 十一眞 
蒙  ○ 上平声 一東 
赦  ● 去声  二二禡 
免  ● 上声  十六銑
 
《第19句》
遺  ○ 上平声 四支 
恨  ● 去声  十四願 
千  ○ 下平声 一先 
年  ○ 下平声 一先 
天  ○ 下平声 一先 
無  ○ 上平声 七虞 
情  ○ 下平声 八庚 

《第20句》
尚  ○ 下平声 七陽  
有  ● 上声  二五有  
僧  ○ 下平声 十蒸  
都  ○ 上平声 七虞  
留  ○ 下平声 十一尤 
不  ● 入声  五物 
返  ● 上声  十三阮 

《第21句》
北  ● 入声  十三職 
望  ● 去声  二三漾 (平仄両用)
黯  ● 上声  二十九豏
然  ○ 下平声 一先 
魂  ○ 上平声 十三元 
欲  ● 入声  二沃 
消  ○ 下平声 二蕭 

《第22句》
浮  ○ 下平声 十一尤 
雲  ○ 上平声 十二文 
積  ● 入声  十一陌 
水  ● 上声  四紙
路  ● 去声  七遇 
迢  ○ 下平声 二蕭
迢  ○ 下平声 二蕭

《第23句》
濤  ○ 下平声 四豪
声  ○ 下平声 八庚
入  ● 入声  十四緝
枕  ● 上声  二六寝
眠  ○ 下平声 一先
不  ● 入声  五物 
得  ● 入声  十三職

《第24句》
憂  ○ 下平声 十一尤 
心  ○ 下平声 十二侵 
耿  ● 上声  二十三梗
耿  ● 上声  二十三梗
度  ● 入声  十薬 (動詞用法)
永  ● 上声  二三梗 
宵  ○ 下平声 二蕭 
《第25句》
京  ○ 下平声 八庚 
師  ○ 上平声 四支 
蟻  ● 上声  四紙 
王  ○ 下平声 七陽 (名詞用法)
果  ● 上声  二〇哿
何  ○ 下平声 五歌 
者  ● 上声  二一馬
《第26句》
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
恩  ○ 上平声 十三元 
遇  ● 去声  七遇  
尚  ● 去声  二三漾 
所  ● 上声  六語 
荷  ● 上声  二〇哿 

《第27句》
偶  ● 上声  二五有 
聞  ○ 上平声 十二文 
流  ○ 下平声 十一尤 
人  ○ 上平声 十一眞 
蒙  ○ 上平声 一東 
赦  ● 去声  二二禡 
皈  ○ 上平声 五微

《第28句》
窃  ● 入声  九屑 
喜  ● 上声  四紙 
僧  ○ 下平声 十蒸 
都  ○ 上平声 七虞 
亦  ● 入声  十一陌 
免  ● 上声  十六銑 
禍  ● 上声  二〇哿 

第1句から第8句まででは、最初の4句の末尾の漢字はすべて仄韻(●)去声、次の4句はすべて平韻(○)と、4句ごとに「仄」と「平」を変える換韻となっていました。第9句から第28句まででは、「●●○●」とそれに対となる「○○●○」が代わる代わる表れていることがわかります。

また、偶数句の脚韻を検討すると、下記のように四声をきっちりそろえているほか、「返」以外は韻目まで合わせてあることがわかります。

・「死」=上声・四紙、「止」=上声・四紙
・「風」=上平声・一東、「蓬」=上平声・一東
・「免」=上声・十六銑、「返」=上声・十三阮
・「迢」=下平声・二蕭、「宵」=下平声・二蕭
・「荷」=上声・二〇哿、「禍」=上声・二〇哿

さらに、4句ごとにセットで見ると、偶数句に限らず、1句目、2句目、4句目の韻目もほぼそろっていることもわかります。


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2019年09月12日

「鬼界島」㉗(『於母影』150)

維昔治承戊戌秋  維(こ)れ昔治承戊戌の秋(とき)
○●●○●●○
平氏威権加八洲  平氏の威権八洲に加わり
○●○○○●○
王家未免式微嘆  王家未だ式微(しきび)の嘆を免れず
○○●●●○○
天子下堂見諸侯  天子堂を下つて諸侯に見(まみ)ゆ
○●●○●●○

平家絵巻

ここにあげた第5句から第8句までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第5句》
維  ○  上平声 四支  
昔  ●  入声  十一陌
治  ●  去声  四寘 
承  ○  下平声 十蒸
戊  ●  去声  二六宥
戌  ●  入声  四質
秋  ○  下平声 十一尤

《第6句》
平  ○  下平声 八庚
氏  ●  上声  四紙 
威  ○  上平声 五微
権  ○  下平声 一先 
加  ○  下平声 六麻 
八  ●  入声  八黠
洲  ○  下平声 十一尤

《第7句》
王  ○  下平声 七陽 
家  ○  下平声 六麻 
未  ●  去声  五未
免  ●  上声  十六銑
式  ●  入声  十三職
微  ○  上平声 五微 
嘆  ○  上平声 十四寒 平仄両用

《第8句》
天  ○  下平声 一先 
子  ●  上声  四紙
下  ●  去声  二二禡
堂  ○  下平声 七陽
見  ●  去声  十七霰
諸  ○  上平声 六魚
侯  ○  下平声 十一尤

中国詩は大きく近体詩と古体詩に大きく分けられます。「二四不同二六対」など韻律的規則に従う近体詩に対して、形式的に自由で韻律の制約も少ないのが古体詩です。

「鬼界島」は、『平家物語』を素材にした、七言古体詩とみることができるでしょう。ただ、形式的に自由なのが古体詩の特徴ですが、「鬼界島」は音律や脚韻にかなり気を配っていることがわかります。

昨日と今日あげた第1句から第8句までを見ると、最初の4句の末尾の漢字はすべて仄韻(●)去声、次の4句はすべて平韻(○)と、4句ごとに仄と平を変える換韻となっていることがわかります。

さらに、2句目の「渡」と4句目の「樹」はともに、仄韻(●)の去声・七遇韻、6句目の「洲」と8句目の「侯」は平韻(○)の下平声・十一尤韻というように、偶数句で押韻しています。

「鬼界島」は、換韻となる4句ごとに内容がひとまとまりになり、場面が展開していきますが、平声の脚韻を取る5句から8句目までは、律詩の基本である「二四不同二六対」の韻律的規則に合致しています。


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2019年09月11日

「鬼界島」㉖(『於母影』149)

「鬼界島」全196句を一通り読んできました。きょうからもう一度もとにもどり、この詩の形式や韻について少し検討してみたいと思います。

鬼界之島在何処  鬼界の島は何処にか在る
●●○●●○●
雲濤浩渺不可渡  雲濤浩渺(こうびよう)として渡るべからず
○○●●●●●
五穀不生田土痩  五穀生ぜず田土痩せ
●●●○○●●
山谷深沮多大樹  山谷深沮(しんそ)大樹多し
○●○●○●●

薩摩硫黄島
*薩摩硫黄島(wiki)

以前、詳しく見たように、中国古典の声調には、平声、上声、去声、入声の4種類があり、四声と呼ばれています。

おおよそ、平音は平らにのばす音、上声は上り調子、去声は音の最後を下げる発音、入声は音の最後が詰まる音とされます。

なお、入声の声調は中世の元代にはほとんど消滅しましたが、古典詩の詩韻としてはその後も、入声の漢字を他と区別して実際の詩作にそのまま用いています。

四声のうち、上声、去声、入声を一括して仄声といいます。音が平らかでなく上下あるいは詰まるなどの変化のあるものをまとめたわけです。

また、平音は便宜的に、上平音と下平音に二分して扱います。ここでは、平音を○、仄音を●にして平仄を表しています。

一方、漢字を韻によって分類し、一東、二冬、三江、四支などと、各韻の代表字にその配列順による番号をつけたものを韻目といいます。

上にあげた第1句から第4句までの平仄、四声、韻目は次のようになります。

漢字 平仄 四声  韻目

《第1句》
鬼  ●  上声  五尾 
界  ●  去声  十卦 
之  ○  上平声 四支 
島  ●  上声  十九晧 
在  ●  上声  十賄 
何  ○  下平声 五歌 
処  ●  去声  六御 
  
《第2句》
雲  ○  上平声 十二文 
濤  ○  下平声 四豪 
浩  ●  上声  十九晧 
渺  ●  上声  十七篠 
不  ●  入声  五物 
可  ●  上声  二〇哿
渡  ●  去声  七遇 

《第3句》
五  ●  上声  七麌 
穀  ●  入声  一屋 
不  ●  入声  五物 
生  ○  下平声 八庚
田  ○  下平声 一先
土  ●  上声  七麌 
痩  ●  去声  二十六宥

《第4句》
山  ○  上平声 十五刪 
谷  ●  入声  一屋 
深  ○  下平声 十二侵 
沮  ●  上声  六語
多  ○  下平声 五歌
大  ●  去声  九泰 
樹  ●  去声  七遇


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2019年09月10日

「鬼界島」㉕(『於母影』148)

「鬼界島」のつづき。きょうは、189句目から最終の196句目までです。

可憐当日小雲鬟  憐むべし当日の小雲鬟(うんかん)
一朝削髪入禅関  一朝髪を削りて禅関(ぜんかん)に入る
蟻王亦携白骨去  蟻王も亦(また)白骨を携えて去り
飄然泣上高野山  飄然(ひょうぜん)として泣きて高野の山に上る
高野山高入雲漢  高野の山は高くして雲漢(うんかん)に入るも
南望蒼海空長嘆  南のかた蒼海を望んで空しく長嘆す
鬼界之島在何処  鬼界の島は何処にか在る
万古愁雲凝未散  万古の愁雲は凝りて未だ散ぜざるなり

高野山

『平家物語』には、有王から父・俊寛の最期を聞かされた「御娘」のその後について、次のように記されています。

「やがて十二の年尼になり、奈良の法華寺に、勤めすまして、父母の後世を訪ひ給ふぞ哀れなる。有王は俊寛僧都の遺骨を頸にかけ、高野へのぼり、奥院に納めつつ、蓮花谷にて法師になり、諸国七道修行して、主の後世をぞ訪ひける。か様に人の思歎(おもひなげき)のつもりぬる、平家の末こそおそろしけれ。」

(すぐさま十二歳で尼になり、奈良の法華寺に行いすまして、父母の菩提をお弔いになるのは哀れである。有王は俊寛僧都の遺骨を首にかけて、高野山=写真、wiki=へ登り、奥の院に納める一方、蓮華谷で法師になり、全国を修行して歩き、主人の後世の菩提を弔った。このように人々の恨み嘆きが積り積っていった、平家の行く末はどうなるか、恐ろしい事である。)


「鬟」は、まげの意で、「雲鬟」は美しく結った女性の髪、まげ、転じて女性のこと。したがって「小雲鬟」は、鬟ゆたかな少女をいいます。

「禅関」は、仏門のこと。「奈良の法華寺に、勤めすまして、父母の後世を訪ひ給ふぞ哀れなる」にあたります。

「雲漢」は、天の河のこと。ここでは、高野山が天の河に接するほどに高く聳える山であるが、の意味。

「万古」は、遠い昔、また副詞的に大昔から今に至るまで、久しい間、永久、永遠。「万古の愁雲」は、永遠の憂いを帯びた雲をいいます。

訳詩のしめくくりの一句「凝りて未だ散ぜざるなり」では、こり固まっていまもなお解け散ることなく、そのため、この雲に覆われた鬼界島は見出しえないといいます。


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2019年09月09日

「鬼界島」㉔(『於母影』147)

「鬼界島」のつづき。きょうは、181句目から188句目までです。

関山秋色満帰途  関山の秋色は帰途に満ち
落日空林啼晩烏  落日の空林に啼くは晩烏(ばんう)
青鞋踏尽幾険艱  青鞋(せいあい)踏み尽くす幾険艱(けんかん)
寒風冷雨入南都  寒風冷雨に南都に入る
旅装直訪僧都女  旅装直ちに僧都の女(じょ)を訪ね
孤島苦辛相対語  孤島の苦辛相い対して語る
天地有情亦応泣  天地情有らば亦応(ま)さに泣くべし
海内無人解愁緒  海内(かいだい)人にして愁緒を解く無し 

からす

『平家物語』の現代語訳(小学館『日本古典文学全集』)では――

 俊寛僧都が生涯を閉じて、思う存分泣いた有王は「このまま、あの世へのお供をいたすべきでございますけれども、この世にはお姫様がおいでになるものの、ほかに、後世の菩提をお弔い申し上げるような人もございません。しばらく生きながらえて、後世の菩提をお弔い申しましょう」といって、僧都の横たわる床をそのままにして、庵をこわして上にかぶせ、松の枯枝、葦の枯葉をとって覆いかぶせ、藻塩を焼くように海辺で火葬を行い申して、荼毘がすんでしまうと、白骨を拾い、袋に入れて首にかけ、また商人船の便船で九州へ上陸した。

そこから急いで上京して、僧都の御娘がおられた所に参って、これまでにあった事を始めからこまごまと申した。「かえって、手紙を御覧になったために、いっそうお嘆きはお増さりになったのでした。あの島には硯も紙もございませんので、ご返事もお書きになりません。お思いになった御心のうちは、そのままそっくり空しくなってしまいました。今は生れ変り死に変り、長い時がたっても、どうしてもお声を聞き、お姿を拝見なっさることはできません」と申したので、姫は倒れ、声も惜しまずお泣きになった。

とされています。

冒頭の「関山」は、関所のある山々。

「空林」は、人けがなく、ひっそりした林。ものさびしい林。木の葉の落ちた林をいいます。

「晩烏」は、夕暮れどき、ねぐらに帰る烏のこと。

「青鞋」は、わらじ。徒歩による旅を象徴しています。

「険艱」は、山などがけわしくて、登るのに困難なことをいいます。

「応さに泣くべし」の「応さに……べしは、当然……するはずである、せねばならぬ。

「海内」は、四海の内、国内、天下、世界の意味。

「愁緒」の「緒」は心の意で、 愁緒は、嘆き悲しむ心。


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2019年09月08日

「鬼界島」㉓(『於母影』146)

「鬼界島」のつづき。きょうは、173句目から180句目までです。

時聴蟻王哭泣声  時に蟻王の哭泣(こくきゆう)の声を聴き  
俄隔幽明若為情  俄かに幽明を隔てて情を為すが若し
孤身豈惜試螻蟻  孤身豈(あ)に螻蟻(ろうぎ)を試むるを惜しまんや
只当香火祈後生  只だ当さに香火に後生を祈るべしと
遺骸空付一炬火  遺骸空しく一炬火(きよか)に付し
収拾白骨嚢裡裏  白骨を嚢裡(のうり)の裏に収拾す
又整旅装辞孤島  また旅装を整えて孤島を辞し
薩摩海上再泛舸  薩摩の海上に再び舸(ふね)を泛(うか)ぶ

アリ

「俄かに幽明を隔てて」は、俊寛の霊はもはや四大に帰したわけだが、有王の泣き嘆く声に応じてあの世から急に。

「情を為すが若し」について日本近代文学大系に頭注には「情を催すがごとくに、潮騒は高鳴り雲は飛ぶと、作者は言外に言いたかったものと思われる」としてます。

「螻蟻を試むる」の「螻蟻」は、螻蛄(けら)と蟻(あり)、また、虫けらのこと。転じて、小さくてつまらないもののたとえに用いられます。

自分の誠意を謙って、螻蛄や蟻のような小さな生物のように小さな誠意であることを「螻蟻之誠」といいますが、ここでは作者は、真心をこめて微力を尽くすことを言ったものと考えられます。

「当さに香火に後生を祈るべし」の「香火」は、仏前で焼香をするための火。

和漢朗詠集には「夜残更になんなむとして寒磬尽きぬ、春香火に生って暁炉燃ゆ〈惟良春道〉」とあります。

「当さに……べし」は、当然……しなければならぬの意。すなわち、死んで後の世に生まれ変わることを香火に祈らなければならぬ、ということになります。

「炬」は、かかげる火の意。「炬火」は、薪を束ねて立てて火を点じ、灯火とすること。

「嚢裡」は、嚢中すなわちふくろのなか。

「薩摩」は、現在の鹿児島県西半部の薩摩半島を中心に甑 (こしき) 島列島を含む旧国ですが、薩摩と大隅両国(鹿児島県)と日向国(宮崎県)の諸県(もろかた)郡の一部を領有していました。


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2019年09月07日

「鬼界島」㉒(『於母影』145)

「鬼界島」のつづき。きょうは、165句目から172句目までです。

三年孤島日遅々  三年孤島に日遅々たり
憶起当年被執時  憶(おも)い起す当年執(とら)え被(ら)れし時
被執寧知為永訣  執え被るるも寧(いずくん)ぞ知らん永訣となり
天涯地角長相思  天涯地角に長(とこし)えに相い思わんとは
苦辛不願在人世  苦辛(くしん)して人世に在るを願わず
一死唯分葬荒裔  一死唯だ分るのみ荒裔(こうえい)に葬れと
絶食両旬遂易床  食を絶つこと両旬遂に床を易(か)うるに
海雲惨憺水空逝  海雲惨憺(さんたん)水空(むな)しく逝く

地の果て

「三年孤島に日遅々たり」は、俊寛はすでにこの鬼界島に3年の歳月を過ごしたことになるが、その間の日々がいかにも長く一日千秋の思いで過ごしてきたといいます。

「永訣」は、永久に別れること、ながの別れ。通常、死別することをいいます。

「天涯地角」(てんがいちかく)は、天のはてと地のすみの意から、双方の地がきわめて遠く離れていること。また、遠く離れた場所のことをいうのにしばしば用いられる常套句です。

「苦辛」は、ひどく苦しむこと、辛苦。『正法眼蔵』に「いたづらに苦辛するに相似せりといへども」とあります。

「一死唯だ分るのみ」とは、死はこの世における一時の別れであるにすぎない、何の恐れることがあるかと、一種の悟りに対した心境をいっています。

「裔」は、着物のすそ、木の枝などの先端、末端などのこと。「荒裔」は、遠く離れて荒れ果てた最果ての地。すなわち鬼界島をここでは指しています。

「旬」は、10日、10日間。特に、一か月を三分したときの、それぞれの10日間をいいます。1日から10日までを上旬、11日から20日までを中旬、21日から月末までを下旬といいます。「食を絶つこと両旬」は、死を願って自ら絶食すること20日。この僧都の最期の場面について『平家物語』(巻3)では次のように描いています。

「おのづから食事を止とどめ、ひとへに弥陀の名号(みやうがう)を唱へ、臨終正念をぞ祈られける。有王渡つて二十三日と申まうすに、僧都庵の内にて、終に終はり給ひぬ。歳三十七とぞ聞こえし。有王むなしき姿に取り付き奉り、天に仰ぎ地に伏し、心の行くほど泣き明きて、「やがて後世(ごせ)の御供仕るべう候へども、この世には姫御前ばかりこそ渡らせたまひ候へ。後世弔ひ参らすべき人も候はず。しばし永らへて御菩提を弔ひ参らすべし」とて、臥所(ふしど)を改めず、庵を切り掛け、松の枯れ枝、葦の枯れ葉をひしと取り掛けて、藻塩(もしほ)の煙となし奉り、荼毘事を経ぬれば、白骨(はくこつ)を拾ひ首にかけ、また商人船の頼りにて、九国(くこく)の地にぞ着きにける。」

「床を易(か)う」は、「簀(さく) を 易う」すなわち易簀(えきさく)のことで、賢人が死ぬ、転じて人が死ぬ意。孔子の弟子の曾子が危篤になったとき、大夫の季孫から賜わった美しい「簀」を敷いたまま臨終を迎えることを憚り、他の簀にかえたという『礼記』の故事によっています。

「海雲惨憺」は、海の雲は垂れこめて薄暗く。

「水空しく逝く」は、海の水はひっそりとうつろに流れていく。


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2019年09月06日

「鬼界島」㉑(『於母影』144)

「鬼界島」のつづき。きょうは、157句目から164句目までです。

僧都展書読幾回  僧都書を展(の)べて読むこと幾回
書中只道早帰来  書中只だ道(い)う早く帰り来りませと
痿者終身寧忘起  痿(な)えたる者は終身寧(なん)ぞ起(た)つを忘れんや
赦恩猶未及蒿莱  赦恩猶お未だ蒿莱(こうらい)に及ばざるなり
蒿莱之中無暦日  蒿莱の中には暦日無し
只有気候分寒熱  只だ気候の寒熱を分つ有るのみ
花発知春葉落秋  花発(ひら)けば春を知り葉落つれば秋
夏聴蝉声冬見雪  夏は蝉の声を聴き冬は雪を見る

ヨモギ

「今は姫御前ばかりこそ、奈良の叔母をば御前の御許に忍うでおはしける、それより御文給はつて参つて候ふ」とて、取り出だいて奉る。僧都これを開けて見給へば、有王が申すに違はず書かれたり。(「今では姫御前だけが、奈良の叔母御前の許に忍んでおいでです、姫御前より文をいただいて持って参りました」と言って、取り出して俊寛に渡しました。俊寛が文を開けて見ると、有王が言う通りのことが書かれてありました。)

『平家物語』(巻3)にこのようにある、僧都の娘からの手紙に関して、訳詩では「読むこと幾回/書中只だ道う早く帰り来りませと」と端的に短く表現しています。

実際には信書の文面は、かなり情を尽くしたもので、手紙の終わりは次のようなものだったといいます。

「などや三人流されてまします人の、二人は召し帰されて候ふに、何とて一人残されて、今まで御上りも候はぬぞ。あはれ貴きも賎しきも、女の身ほど言ふ甲斐なきことは候はず。男の身にても候はば、渡らせ給ふ島へも、などか尋ね参らで候ふべき。この童を御供にて、急ぎ上らせ給へ」とぞ書かれたる。

(「どうして三人流されて、二人は帰されたのに、どうして一人だけ残されて、今まで帰ってこれないのですか。ああ身分の高い者そうでない者も、女の身というのは何の役にも立たないものです。もしわたしが男であれば、父が流された島へも、どうして訪ねないことがありましょうか。有王を連れて、急いで帰ってきてください」と書いてありました。)

「痿えたる者は終身寧ぞ起つを忘れんや」は、足が立たなくなった人は、立って歩いた日のことを生涯忘れることがあるだろうか、片時も忘れはしない。娘の言葉に胸がかきむしられ、お前のことをなぜ忘れようか、というのです。

『平家物語』(巻3)では、俊寛は次のように述べて泣いた、とされています。、

「これ見よ、有王よ。この子が文の書きやうのはかなさよ。おのれを供にて、急ぎ上れと書いたることの恨めしさよ。俊寛が心に任せたる憂き身ならば、いかでかこの島にて三年の春秋をば送るべき。今年は十二になると思ゆるが、これほどにはかなうては、いかでか人にもまみえ、宮仕へをもして、身をも助くべきか」

(「これを見よ、有王よ。この子が書いたところでどうにもならないのに。お前を供にして、急ぎ帰れと書かれてわたしは情けなく思うのだ。わたしの思い通りになるのならば、どうしてこの島で三年の年月を送るのか。あの子は今年十二歳になると思うが、これほど幼くては、人に仕えたり、宮仕えもして、生計を立てることができようか」)

「蒿」はヨモギ=写真、「莱」は雑草のこと。「蒿莱」はヨモギなどの草がおい茂った荒地。すなわち鬼界島を指します。


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2019年09月05日

「鬼界島」⑳(『於母影』143)

「鬼界島」のつづき。きょうは、149句目から156句目までです。

噫吁死生皆是天  噫吁(ああ)死生は皆是れ天
幼君何意去茫然  幼君何の意ぞ去りて茫然たり
夫人日夕思慕切  夫人日夕(につせき)思慕の切(しき)りに
又辞人世客黄泉  また人世(じんせい)を辞して黄泉に客たり
唯喜令娘今尚健  唯だ喜ぶ令娘の今なお健(すこ)やかに
独赴南都依親近  独り南都に趣きて親近に依れるを
来時就求一紙書  来る時就きて一紙の書を求めたりと
開髻出書通信問  髻(もとどり)を開きて書を出し信問を通ず

有王の墓
*有王の墓(wiki)

『平家物語』(巻3)によれば、鬼界島で俊寛僧都と会うことができた有王は、涙をこらえながら僧都にざっと次のよう話しています。

「ご主人様が西八条へお出かけになった後、役人が来て、資材・雑具を押収し、身内の人たちを捕らえて、御謀反の企て尋問した後、全員処刑されてしまいました。北の方はお子様を隠しきれず、鞍馬の奥に身を潜められ、私だけがときどき参ってお仕えしているのです。

どなたのお嘆きもたいへんなものでしたが、お子様がご主人様を恋い慕われて、参るたびに、有王よ、どうか私を鬼界が島とやらへ連れて行っておくれ、と言われ、駄々をこねられるのですが、去る二月に、疱瘡という病のために亡くなりました。

北の方はそのお嘆きもあり、ご主人様のこともあり、ひどく苦しみ悩んでおられましたが、去る三月二日、ついに亡くなりました。今は姫御前だけが奈良の姨御前のもとに人目を忍んで暮らしておられ、そこからお手紙を預かって参りました」。

「死生は皆是れ天」は、死ぬのも生きるのも、みな天命で、人間の自由になることはないという意。『論語』に「死生、命あり」の句があります。

「何の意ぞ」は、いかなる天の御心か。

「去りて茫然たり」は、この世を去って跡形もなく、ぼうっと気落ちしてしまった。上記のように、『平家物語』によれば、その幼君は、有王が島下りするその年の2月に天然痘で死んだということになります。

「思慕の切りに」は、先立ったその幼君に対する思慕の情がしきりにつのって。

「人世」は、ひとの世、この世。

「黄泉」は、死者のすむよみの国、冥土のこと。「黄泉に客たり」は、ここの住人になってしまったの意。『平家物語』によれば、「夫人」が死んだのは3月2日で、児の死から1月以内だったというわけです。

「親近」は、親類。原作によると叔母にあたります。

平安時代の貴族たちは、髪を頭の上に集めてたばねた「髻」(もとどり)を結った上に冠を被っていました。


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2019年09月04日

「鬼界島」⑲(『於母影』142)

「鬼界島」のつづき。きょうは、141句目から148句目までです。

此時夫人携両児  此の時夫人両児を携(たずさ)え
鞍馬山下去栖遅  鞍馬の山下に去りて栖遅(せいち)す
有時往来問安否  時有つて往来し安否を問うに
談到主君便増悲  談主君に到れば便(すなわ)ち悲しみを増す
幼君不解当年事  幼君は当年の事を解さず
只喜孤臣左右侍  只だ孤臣の左右に侍するを喜ぶのみ
常道家厳在遠方  常に道(い)う家厳(かげん)遠方に在り
与汝相携到其地  汝と相い携えて其の地に到らんと

鞍馬寺

「鞍馬の山下」の鞍馬山は、京都市北部、丹波高地の南東部に位置する山。鞍馬川と貴船(きぶね)川に挟まれた尾根上にあります。標高約580m。毎年10月22日の鞍馬の火祭が有名です。

南側山腹に鞍馬寺=写真=があり、牛若丸(源義経)がここで天狗に剣術を学んだといわれるように、源平の当時は人里離れた奥深い山でした。山下(さんか)は、その山の麓のことです。

「栖遅」は、世俗を離れて田野に住んでいること、官に仕えず、民間にあること。閑居すること。

「主君」は、有王から見ての主君、つまり俊寛を指します。

「便ち」は、…するとすぐに、そのまま。

「幼君」は、両児のなかの幼い方の君。

「当年の事」は、俊寛が捕えられて流され、家が略奪されたあの年のあの事件。安元3 (1177) 年5月に俊寛の山荘で行なわれた鹿ケ谷事件です。

「家厳」は、他人に対する自分の父の称です。家君。


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2019年09月03日

「鬼界島」⑱(『於母影』141)

「鬼界島」のつづき。きょうは、133句目から140句目までです。

言終唯有涙滂滂  言終つて唯だ涙の滂滂たる有るのみ
此時蟻王亦惨傷  此の時蟻王も亦惨(いた)み傷(かなし)み
説尽往年多少事  説き尽くす往年多少の事
毎談一事一悲傷  一事を談ずる毎(ごと)に一悲傷(ひしよう)あり
尚記当年謀泄日  尚お記す当年謀泄(はかりごとも)るるの日
捕卒幾十来入室  捕卒(ほそつ)幾十来りて室に入り
奪略家財無所遺  家財を奪略して遺(のこ)す所なし
殺人如麻何知恤  人を殺すこと麻の如く何ぞ恤(あわれ)むを知らん

俊寛

「言終つて」は、以上のことばを言い終えて。

ここの「多少」は、「少」が助字で、 多いこと、十分なことを意味します。

「尚お記す」は、いまもなお記憶している。この句以下は、有王の語ったことばになります。

この中で「謀泄るるの日」という鹿ヶ谷事件は、1177(治承1)年5月、後白河院の近臣藤原成親・成経父子、藤原師光(西光)、法勝寺執行の俊寛、摂津源氏多田行綱らが、俊寛の京都・東山鹿ヶ谷山荘で行われた平氏追討の謀議のことをいいます。

それは、近づく祇園御霊会に乗じて六波羅屋敷を攻撃し、一挙に平氏滅亡を図ろうとするものでした。しかし、事は多田行綱の密告によって事前に平清盛に発覚し、西光の白状により関係者は次々に捕らえられ処罰されました。

西光は死罪、成親は備中国(岡山県)に、俊寛・成経らは九州の南の果ての孤島鬼界ヶ島に配流。成親は平重盛の婿、成経は教盛の婿と、この事件の主謀者がとくに一家の縁者であったことは、平氏にとって衝撃的でした。以後、院と清盛との関係はますます悪化していくことになりました。

翌78年7月3日、中宮御産祈祷のための大赦で成経、康頼の両名は帰京を許されましたが、ひとり俊寛のみは鬼界島に残留を命じられたのです。その後の彼の動向を知る史料は『平家物語』や『源平盛衰記』など小説的に脚色されたものが大半のため正確にはわかりませんが、流罪生活3年にして同島で没したとされます。享年37歳といわれています。


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2019年09月02日

「鬼界島」⑰(『於母影』140)

「鬼界島」のつづき。きょうは、125句目から132句目までです。

桑門昔日着袈裟  桑門の昔日は袈裟(けさ)を着し
玉殿金楼作我家  玉殿金楼を我が家と作(な)し
満室香烟長不絶  満室の香烟は長(とこし)えに絶えず
木魚声裡寄生涯  木魚の声裡(せいり)に生涯を寄せしことを
自古人生似夢幻  古(いにしえ)より人生は夢幻に似たり
江湖何事足憂患  江湖(こうこ)何事ぞ憂患するに足らん
一朝誤作遷謫客  一朝誤つて遷謫(せんたく)の客と作るも  
往事茫茫不可諌  往事は茫茫として諌(いさ)むべからずと

木魚

「桑門」は僧侶のこと。世捨人。沙門。俊寛(生没年不詳)は、村上源氏源雅俊の孫で木寺法印寛雅の子。父寛雅のあとを襲い、仁安(1166~69)ごろから法勝寺執行としてその名がみえます。

膨大な法勝寺領を管掌して院関係の仏事を勤め、流罪に処せられるまでは、僧都という高位にあって、ぜいたくで不自由のない生活をおくっていました。

「人生は夢幻に似たり」というと、織田信長が出陣の時好んで舞ったという幸若舞の謡曲の一節「にんげんごじゆうねんゆめまぼろしのごとくなり」が思い出されます。

シェークスピア「マクベス」にも、城が包囲され、妻が亡くなったという知らせを受けたマクベスが「人生は歩きまわる影に過ぎぬ。あわれな役者だ」と自問自答する場面があります。

このように人生一夢というのは、古今東西に見られる普遍的な感慨で、俊寛は身は落胆に喘ぎながらも、心はこうした悟りに至って苦しみに堪えるのです。

「金殿玉楼」は、金や宝玉で飾った宮殿。非常に美しくてりっぱな建物。

「裡」は、状態を表わす漢語に付いて、その状態のうちに物事が行なわれることを表わします。

「江湖」は、川と湖、また広く水をたたえたところ、特に揚子江と洞庭湖をいいますが、ここでは、世の中、世間、世上の意で用いています。

「遷謫」は、罪によって、官位を下げ辺鄙な地に追いやること。

「茫茫」は、「茫茫たる記憶」というように、ぼんやりかすんではっきりしないさまをいいます。

「諌むべからず」は、責めただそうとしても詮方ないことであるの意。


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2019年09月01日

「鬼界島」⑯(『於母影』139)

「鬼界島」のつづき。きょうは、117句目から124句目までです。

乃沿海上又曳筇  乃(すなわ)ち海上に沿いてまた筇(つえ)を曳けば
巌辺遥認一株松  巌辺(がんぺん)遥かに認む一株(しゅ)の松  
松影参差蔽孤宅  松影参差(しょうえいしんし)して孤宅を蔽(おお)い  
草扉竹椽碧苔封  草扉竹椽(そうひちくでん)は碧苔(へきたい)封ぜり
且道秋宵明月色  且つ道(い)う秋宵明月の色
皎々何意入戸側  皎々(きょうきょう)として何の意ぞ戸の側(かたわら)に入る  
夜半時聴風雨声  夜半(やはん)時に風雨の声を聴けば
湿入敗裍身自識  湿りは敗裍(はいいん)に入って身は自ずから識る

苔

「乃ち」は、かくして、そこで。

「参差」は、長短の枝をさしちがえて。

「草扉竹椽」は、草を編んで作った草庵のとびら、 竹を編んで作った屋根の垂木としたもの。

『平家物語』(巻3)には次のようにあります。
此御有様にても、家をもち給へるふしぎさよと思ひて行く程に、松の一村ある中に、より竹を柱 にして、葦を結ひ、けたはりにわたし、上にもしたにも松の葉をひしと取りかけたり。雨風たまるべうもなし。(このような御有様でも家をもっておられるとは不思議なことだ、と思いながら行くうちに、 ひとむらの松がある中に、海辺に流れ寄った竹を柱にして、葦をたばね結んで桁や梁とし、上にも下にも松の葉をびっしり敷き詰めた小屋があった。雨風に耐えられるものではなかった。)
「碧苔」は、みどり色のこけ、青々としたこけ、碧蘚、あおごけ。「碧苔封ぜり」は、緑の苔がおおい閉じている、という意になります。

「且つ道う」は、さてまた先ほどの言に続けて、俊寛はこう言ったという意味。

「皎々」は、月光の形容。白く明るく光り輝くさま。

「何の意ぞ」は、どういうつもりか、の意。

「湿り」は、屋内に風雨が持ち込む湿気。

「裍」は「裀」のミスプリントと考えられています。「裀」は、そで・えりなどを除いた体の前後をおおう衣服の部分、あるは敷物、シーツや座布団のこと。

「敗裀」は、敗れ布団の意味です。


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